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    IV星霜編
    第IV章 星霜編5 / 7

    カステリア・グレンヴェルトの物語

    カステリア・グレンヴェルト
    カステリア・グレンヴェルト

    登場人物

    赤津信二―主人公。疑り深い性格をした本の虫。

    明石悠馬―信二の友人となった人物。サッカー部。英語が得意。

    上西菫―数学が得意な信二の友人。

    ペレシア・セロ・タリンコフ―神聖十二単をまとった女性。

    カステリア・グレンヴェルト―金髪蒼眼の少女。特殊な能力を持つ。

    矢崎善―美咲が丘高校殺人事件渦中の人物

    1章 出会い

    「アイネクライネナハトムジーク?」

    きょとんとした顔で俺の顔をのぞいてきたのは、上西菫。菫の字は難しいからか、教師によく間違われる。すみれと読む。

    「赤津君いつもそんな本ばかり読んでるよね…先週はホライゾンだっけ?」

    「まぁ、なんでそんなことに目が行くんだよ。」

    この上西とかいうやつは、毎回俺が本を買うたびに本のタイトルをチェックしている。いかなる理由でそんな真似をするのかは聞いてみたいところだ。

    今年で高校2年になる俺は、次々と受験勉強入りをしてゆく同期の奴らを横に、ふんぞり返って漫画と小説を読みまくっていた。勉強や部活。そんなありきたりなことばかりにとらわれている自分を考えると、つまらないなんていう感情が湧き出すのだ。

    「上西、昨日の宿題見せてくんない?」

    こういう他人への懇願ってのは常に丁寧にゆくべきであると、家族の一幕から学んでいる。

    「宿題?なんの?」

    「数学だよ、あれ、何だっけ。複素数がなんたらとか…」

    上西は根っからの理系女子で言うことが大方理論的に聞こえてくる。なんとも不思議だと思っていると、俺の机の上にさっそうと宿題とやらが舞い降りた。

    「もうやってあるのか。冗談にしようと思たんだけど…」

    「複素領域の問題なんて簡単じゃないの?赤津君とかとくにさ」

    「悪いが俺は数学が目当てで数字いじくりたくない派の人間なんだわ。」

    「どういうこと?」

    ほらきた、宿題の話題なんてここまででいいだろ、なんて毎回思うわけだが…。

    「いや、まあいいや。ありがとう」

    「数学が目当てで、とか、なんて考えてるの?」

    「うーん、まぁそういう訳じゃないんだけど…」

    「どういう訳って?」

    本当に…な奴だ…。ま、本心をあまり刺激しない方がいい。俺にとっても、上西にとってもな。

    「訳なんかないね。とりあえずそうなってんだよ。俺ンなかではな。」

    あまりに痛すぎる返しに背筋が緩まった。

    「へぇー」

    上西は俺の顔を見てそう言ったわけではなく、遠くに走る電車を眺めての感嘆詞だった。俺には、へぇーが、そう聞こえた。

    最近映画を見た。それもゾンビ物のアメコミ。こういってしまうと、とてもありふれたコンテンツに聞こえるかもしれないが、俺はそれにゾッコンである。よく、だれかのはまっているものを下らないとか思うことは多々あるが、やはりそれは間違いだったのではないかと下らない賢者化で返せそうである。

    「しっかしよくできてるよなー。インターネットの動画サイトってもうこんなに画質いいんだな。」

    寮生活をしていることを明かすが、今口を開いたのは俺ではなく、明石という高3の男子だ。サッカー部に所属していて、個人的に一番じじい臭いやつだ。

    「なんでそんなこと気になんだよ。画質いいことはラッキーじゃん。」

    「赤津お前わかってないのか?動画ってのは画質が命なんだよ。どんな神内容の動画でも、画質がファッキングじゃ話にならない。」

    「一理あるな。たしかに、抜けるものも抜けないな。」

    この学校の寮は、男子寮と女子寮で分かれていて、男子寮は体育館の先にあり、女子寮は学校敷地からやや離れた場所にある。男子寮には俺含め数十人の生徒が入っていて、この明石悠馬は、偶然にも俺と相部屋になった一人である。

    「なあ明石よ、お前外国には興味ないの?」

    「外国?例えば?」

    「アメリカとか、イギリスとか?」

    「なんで?」

    明石は、ガタンと椅子の背もたれに勢いよく寄り掛かった。

    「テストランドって知ってる?」

    「何それ?」

    「アメリカのドラマの小説なんだけど、最近はまってんだよね。」

    「はぁ、でもお前、本の虫みたいなやつだから何でもハマりそうじゃん。」

    「いや、これは格別だわ。ほかの奴なんて話にならん。」

    「へぇー、ずいぶんきっぱり言えるらしいね。じゃあ少し貸すんだな。」

    「いいよ」

    明石とは、毎回こんなかんじで会話している。本当に何も考えずにしゃべると、明石とのトークは盛り上がる。理由は謎だが。

    「つかさぁ、西宮の奴が旅行してきたらしいよ?」

    明石は、よっこらせと、俺の横にあった本をがっつりと取ろうとしながら新たな話題を吹き込んできた。

    「西宮?」

    「そうそう、西宮アカリ。」

    「どこに旅行してきたのよ。」

    「んー、それが何処か分かんないんだよねー。多分ヨーロッパだったと思うんだけど。」

    「ふーん、で?それがどうしたの?」

    「なんか昨日お土産みたいなの配ってたぞ?俺は見ただけだけど。」

    「まじか、この学校にもそんな金があるやつがいるのか。」

    「金?どういうこと?」

    明石は、はてなマークを鼻に押された顔をしていた。

    「ほら、この学校に海外に行く奴なんていたんだー、なんて。」

    「ふーん…確かにね…ま、でも行こうと思えば行けるんじゃないの?」

    「そうか?」

    明石は自分の短い髪を手で掻きながら、俺からとった本をじっと見つめていた。

    いつも通りの夜―

    いつも通りの学校―

    そしていつも通りの―

    「あぁ、なんて退屈なんだ。」

    「ふーん。」

    明石はまだ部屋の中にいた。

    「おい、あいつらと飯食いに行くんじゃなかったのか?」

    「めんどくせぇ…」

    「ほんとかよ。」

    明石は見るからに、俺の本にはまっている。はまっているというより、夢中になって周りのことがどうでもよくなっているといったところか。

    「お前こそ、上西から誘われたりしないのかよ?」

    唐突に、俺への切り返しを図ってきた。

    「はぁ?上西から?なんであんな不思議ちゃんから誘われなきゃいけないんですか。」

    「不思議ちゃんって。」

    ため息を漏らしながら、明石は依然本を読んでいた。

    「まぁ、もう時間的に寝るから、おやすみんご」

    俺は、よくわからない空気を濁すために、茶化した語尾を付ける癖がある。だが、それを受け取るはずの明石は、そんな挨拶には見向きもしなかった。

    あくる日。

    「もしもし」

    「もしもーし」

    「なんだよ?」

    ガチャ。とふてくされた顔で男が一人扉の中から顔を出す。

    「カステリアだ…入るぞ?」

    カステリアは男の家を訪ねた。

    「なんだお前か。どこぞの幼女かと思ったよ。」

    「幼女?どこが?また得意の冗談か?」

    「はいはい、すいません」

    カステリアは、向かいにいたセバストレスに文句をつけた。

    「ねぇ、これ!コーヒー苦すぎなんだけど!」

    「コーヒーがにがいんですか…やっぱり幼女じゃねえですか?」

    セバストレスは間髪入れずにカステリアを煽る。カステリアは、見た目が完全にセバストレスのいうそれで、金髪ロングに黄色い瞳を持つ、いわゆる合法ロリータお姫様と化していた。

    「幼女じゃないったら早くコーヒー淹れなおしてよ!」

    「はぁ?それ俺が自分用に作ったやつなんだけど…。そんなに嫌ならフェルヘルドに帰りな」

    「いやですー、誰があんな胡散臭い場所に帰りますか!」

    「じゃあすこし黙ってろアホ!」

    まるで痴話げんかのごとく始まった二人の会話。セバストレスは赤い髪を持ち、つんつんヘアーで蒼い瞳、そしてジャラジャラとしたアクセサリー多数に腕には豪快な刺繍が施されていた。服装としては、この世には珍しいほどの燕尾服を着ている。一方カステリアは、燕尾服ではないが、真っ黒のワンピースを着ていて、なんとはだしで出歩いているらしい。

    カステリアは、セバストレス邸の3メートル級ソファーに寝っ転がりながらポケットに手を突っ込んで思いにふけっていた。

    「おい、何の用なんだ?それをまだ聞いてねぇ」

    「用なんて気にするの?あほ?」

    「お前が俺にケンカを売っているのは理解したよ。でも俺は寛大だ。なんでここに来た?」

    「そんなの暇に決まってるからじゃない?あんたホントに馬鹿だね」

    セバストレスは今のカステリアの言葉にブチ切れた。

    「カステリア、仏の顔ってもんを教えといてやるよ!」

    カステリアはセバストレスが襲ってくるのに感づいてとっさに両腕で自分を覆った。そのまま2人は互いの手を握り合いながら、カステリアはソファーにのめりこんだ。

    「へぇー、セバスって意外と力強いのね…感心出来るわ」

    「そりゃどうも、カステリア嬢‼」

    セバストレスはそのままカステリアを押しつぶそうとした。

    「甘いわ」

    すると、カステリアはセバストレスの両腕を左側にバサッと押しのけ、瞬時にソファーから脱出した。セバストレスはいきなりのことだったので不意を突かれたようにソファーに顔を突っ伏した。

    「ふぐっ!?」

    「そのまま寝てて頂戴!セバストレス!」

    カステリアがセバストレスの上から思いっきり肘うちを食らわせようとした。しかし、セバストレスも抵抗し、攻撃をかわした。セバストレスは、何とかカステリアの逆襲から逃れられた。

    「へぇ、意外とやるんだなカステリア」

    セバストレスは、横においてあったワインボトルを手に取ってポンポンと手で遊んでいる。

    「あんたの家意外と大きいからやりやすいわね。でも、このカステリア様に手を出したらどうなるかな?自慢の豪邸も肺になるかもねぇ?」

    「へぇ、そうかいそうかい、じゃあこれでも食らわせといてやる…」

    というと、セバストレスの持っていたワインボトルがカステリアに剛速球で飛んできた。

    「よっ!!」

    ブン!

    と、勢いよく放たれたワインボトルは物理法則にしたがいながらカステリアめがけて飛んで行った。カステリアに当たるかと思いきや、よけるでもなく、カステリアの右手にそれは着地した。

    パシィ!

    「サンキュー」

    まもなくカステリアは自身の喉に、ワインを流し込んだ。

    それを見ていたセバストレスの表情はますます不愉快なものになっていった。 「カステリア…ここは俺の家だ。所有者は俺であってお前ではない!この意味が分かるか!」

    セバストレスは激高した。

    「毎回毎回、何を思って俺の家に押しかけてくるのかは知らないが…!クルル兄に迷惑ばかりかけやがって!」

    「クルルは良い人なんだけどねー」

    ワインボトルを豪快にラッパ飲みしながら、きゅぽんと時折飲むのをやめて、セバストレスに返答する。

    「セバストレスは少し私に厳しいのよ。この意味が分かる?」

    長い金髪をふぁさふぁささせながら、セバストレスに説教をする。これは、この2人を観察しているストーカーなら当たり前の常識として覚えておくだろう。

    「うるさいな…とにかく俺の言うことをきけ!あと10秒以内にそれを飲むのをやめろ!そしてあと1分以内にこの家から出ていけ!いいな?」

    顔の形相がますます深刻になってきた。カステリアは、しょうがない感じでセバストレスの言うことにしたがった。 「わかったわよ。今はあんたの都合が悪いんだね。じゃあ帰るよ」

    ややふてくされ気味だったが、それ以上にセバストレスの怒りを目の当たりにし、自身に対する許しを感じえていた。

    カステリアはそういうと、青い月が上空に浮かぶ中、足をふわっと浮かせて、何処かへ飛び立っていってしまった。

    上西菫は、上の文章を10分ほどで読み切り、ため息を大きくついて立ち上がった。

    ここは上西の家。上品さに欠けた家かもしれないが、そこには無数のアイデアが散漫としている。

    「いってきまーす」

    上西はそういって、先に読んだ本の内容を頭で反芻させながら学校へと足を運んだ。

    「マークロビンスの冒険じゃん!」

    上西菫は毎回俺の本のタイトルを叫ぶ。それもみんなの前で。

    「知ってるのか?」

    「知ってるー。これ面白いよねー!映画で見たよ」

    嬉々とした表情。

    「あぁ、これ映画化してたな、そういえば。俺も見には行きたいと思ったんだけどさ、予定とかはいってて忘れてたわ。」

    「へぇ、意外だね。あ、でも私、最近それに似た映画も見ようと思ってるんだ。」

    「似た映画?」

    そう返すと、上西はうん!というように首を小さく縦に振った。

    「乱ジェル姫っていうんだっけ?めっちゃコマーシャルやってるやつ!」

    普段通りの朝。普段通りのトークが展開されていた。しかしここは美咲が丘高校。高校なだけあって、やはりこういうこともある。

    「あ、あそこにいるの菫じゃない?」

    隣のクラスの、菫の友人複数。菫とは大違いで、みんな揚々としている。

    「菫―!明日遊ばない?」

    10メートル先のほうから、手を振りながら菫と会話しているのを見ると、何故だか自分の立ち位置が分からなくなった。

    「うん!じゃあ明日ね!」

    菫は元気よく承諾したようだ。こんな散切り頭で、若干前髪が目にかかりそうな根暗男子と会話しているのが広がったら…なんてことは考えたことはないが、菫は、クラスの中でもなかなかにかわいい顔をしていた。ま、これは俺の判断基準だが。

    「でさぁ、…」 そのあとも、菫の映画話に長々とつきあわされた。美咲が丘高校は、普通の高校とは違って、授業が自由に選べる。これは大学のそれに似ていて、必修科目さえとっていれば、卒業できてしまうのだ。したがって、俺や上西は、この時間は授業がないってわけで、こんなにも長々とだべっているわけだ。

    「そうだ、赤津君に話しておきたいことがあった。」

    唐突に何かを思い出したように、ひとさし指を立ててそう言った。

    「何?」

    「このクラスじゃないんだけど、3年生の矢崎さんって知ってる?」

    その話題に切り替わると、暗雲が立ち込めるように上西の表情が曇りだした。

    「矢崎?知らない」

    いつも以上に、怪訝な顔の上西。

    「矢崎善くんって言うんだけど、なんか学校中で悪いうわさがあるみたい」

    「悪い噂?なんだそれ?」 冗談めいたように聞こえたが、少し興味をそそられた。まもなく菫は俺のためらいとは裏腹に、口を一方的にひらいた。

    「うん、なんか、殺人?とかなんか起こしたみたいで…」

    すっと、ささやくような声でつぶやいた程度だったが、それは一大事の何事でもなかった。

    「殺人?おいおい…なんだそれ」

    本当になんだそれであった。そんな悪評は一度もこの学校で聞いたことがない。それがホントかどうかは、現時点では上西の表情からしか読み取ることが出来なかった。そして、もし本当に殺人とかだったりしたら…。なんて、考えても意味はないが、ともかく今の生活環境全体に対して、黒い影がバックフィールドに落ち込んだ気分になった。

    「うん、それで今?先週くらいからかな、3年生はその話題で持ちきりだって…」

    「なんだそれ…先週から?今初めて知ったぞ?」

    「多分私たち2年生には関係のないことだからじゃない?私みたいに、情報もってる限られた人しかこんなことは言えないし…」

    「誰から聞いたんだそれ?」

    「私は姉貴からきいたよ…」

    上西には姉貴がいる。これは俺も知っていた。だがしかし、そんな情報が姉からとはいえ…。「姉貴のいっていることが間違ってるとか思わなかったのか?」

    「思わないよそんなこと…だって栞は家庭内ナンバーワンの正直者だよ?」

    「まぁ、多分本当なんだろうな…。で、俺にそいつを警戒しとけってわけ?」

    「たぶん十中八九大丈夫だろうけど…念のためよ」

    いつもとは違って、上西の言葉に力がないように感じた。

    「学校の教師連中はそんなこと俺たちに言わないってか…。確かに赤の他人として処理できそうだしな…。」

    関係ないとはわかっていても、それがどれほどこちらに浸透しうるのかわからなかった。上西の情報では、殺されたのは1名。そいつがこの学校に関係していたのかはわからないらしい。

    「上西、この学校に入ってから、そんな事件が起きたことあったか?てか、殺人っていうけど、それって死んだ被害者は見つかってるのか?」

    「ちゃんと見つかってるよ。死者1名は確実らしいよ…。なんか写真も公開してた人いたし…。あと、いままでにこんなことは起きていなかったよ。私の思うところではね…」

    「写真を公開している?それって死人をスマホかなんかで直撮りして、ばらまいてるってことか?」

    「学外の制限されたネットワークにその写真があったらしいよ…これも栞からの情報だけど…」

    「ふーん、なんか意外とヤバいやつなんだな…矢崎善」

    どうやら矢崎本人は、この学校に来ていないらしい。まぁ、事に寄っちゃ監獄送りは避けられないだろうけど…。

    日々の日課をこなすのはなかなか厳しいことでもある。今回学校から出された宿題だが、やはり数学が鬼門になった。

    「くそ…わからねぇ」

    「おいおい、お前理系だろ?」

    うしろで明石がカップラーメンを食いながらそそのかす。

    「明石…お前な…」

    「そういや宮崎慎太郎って奴がお前のことよんでたぜ?ここの1年だ」

    「宮崎…なんだ?なんかの勧誘か?」

    「さあな」

    とりあえず、後日宮崎と会ってみることにした。

    しかし、今はそれどころではない。数学だ。ここは上西に聞くのが妥当だが…。上西がいないとなると…。

    「すいません」

    俺は、一年生の教室にしばらくぶりに侵入した。

    「宮崎ってのはいますか?」

    「はい」

    目の前にいたのがそうだった。

    「宮崎慎太郎君か?俺が赤津だが…なんか要件があるの?」

    「赤津先輩!こんにちは…!よ、要件はあります!」

    ぎこちなさからして、やはり1年生だなと、改めて思った。

    「なんだ?」

    「これです!」

    そういって俺に手渡してきたのは、謎の文書だった。3ページほどだったが、なにやら英語で書かれている。

    「これ何?」

    「道端に落ちてました…で、中身開けたら、赤津信二様へって書いてあったんで…」

    宮崎は何故だか不安そうな顔をしてる。俺の機嫌を気にしているのだろうか。

    「へぇ、開けた度胸は評価するわ…。まぁありがとう。で、おれからも頼みがある。」

    「え?数学の宿題ですか?」

    手紙をしまうと、宮崎は手のひらを返したように明るくなった。

    「まぁ、お前確か数学得意なんだろ?俺の同期が言っててな」

    「確かに得意ではありますが…」

    そういっているので、見せてみた。

    「これ…数学じゃないですよ先輩…解析力学…物理です」

    「はぁ?」

    よく見てみると、そこには物理学3と大きく書かれていた。これには開いた口もふさがらなかった。

    とはいえ、難解な物理の宿題ですら、宮崎の奴はいとも簡単に解いてしまった。なんというやつだ。その瞬間、これは第二の上西だと感じた。すぐさま俺のコミュニティーに入るべきだと声をかけたかったが、要件は文書を手渡すだけだったことから、その気は失せた。

    戻って、明石と共同作業で謎の文書を解読し始めた。

    「にしても、なんだこれ…。To SHinjI AkatsUだってよ…こいつ英語できねぇんじゃねえのか?」

    明石はそういって文句をつけている。

    「まぁ差出人がふざけてるのは間違いねぇだろ…。まともに俺のポストに入れないんだからな」

    「はは…てかそれなんかこわくないか?最近この学校物騒らしいしな。」

    「明石も知ってんのか?あの話」

    そんなことをいいながら、対象物の文書の一枚目の解読が終りつつあった。

    「で、なんて書いてあるんだ?」

    明石に尋ねると、すっと顔を上げて一言言い放った。

    「分からん。」

    「は?」

    「分からんわ」

    英語の模試で毎回満点を取るほどの実力者の明石悠馬が、わからん。これは一大事だと思った。

    「分からないのか?」

    「いや、一応読めるんだけど…。内容が意味不明なんだよ…」

    「内容?」

    「そう、これ、どうやら勧誘じゃなくて、予告みたいだ。なんか、差出人はお前に興味があって、そのうち合いに行くといっている。」

    「なんだよ、読めるじゃねぇか。」

    「まぁ、読めてはいるけど…結局何が会いに来るのかわからない…」

    「差出人名義見ろよ…名前書いてあるだろ?」

    「きゃす…カヤス…デリヤ?」

    「はぁ?何言ってんだ?」

    「じゃあ赤津が見てみろ。なんて読むんだこれ?」

    正直目を疑った。そこには確かにCKYYKASDGELYEAと書いてあった。

    「なんだコイツ…完全に愉快犯じゃないのか?ここは日本だ。こんな名前で送ってくる奴なんて、そうとう頭の狂った外国人だろう。」

    「それだといいけどな…ま、あまり頭の狂ってるやつが来たら俺を呼べよ」

    明石の心配に、ふん、とはなったが、実際自分あてにこういうのが来るのは怖いものである。

    「いったいこの送り主はどういうつもりで、これを書いたんだ…?」

    いろいろと言いたいことはあったが、今日の出来事が多すぎて頭に入ってこない。この現状がである。

    「で、明石さんよ、予告とは言っていたが、何で予告に来るんだ?そして何を予告に来るんだ?」

    「詳しくはわからんが、とにかくお前に会いたいみたいだ。そのための心の準備をしておけ、みたいなことが書いてあるぞ?」

    「おいおい、そんなこと言われてもだな…」

    いきなりよくわからん文書を受け取って、中身を見てみたら目的も会いたいだけ。なんて怪文書を素直に認められるかって言いたい。

    「いまのネットの普及しきった時代に、ご丁寧に道端に手紙を置き去りにするあほはなんなんだよ…こんなのいままでで初めてだ」

    兎に角、今は何もする必要はないらしい。来るべき時にやるべきことをやるだけだ。

    「テストランド返しておくぜ、ありがとな赤津」

    「あぁ、そこに置いといて」

    明石はさりげなく俺の横にあった台に本を置いた。手紙の一件からすでに12時間ほどたとうとしている処だったが、謎の差出人に対する一抹の不安はいまだに拭い去れていなかった。

    「赤津さんよ、お前今何やってんだ?」

    「宿題の写しだけど?」

    「じゃ手が空いてるってことだな?」

    「はい?」

    「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど…」

    「手が空いてるなんて言ってないんだが…」

    明石はすこし乱暴に、俺へタスクをこなせと言い張ってきた。

    「これだ、ここにあるファイルをこのファイルに移してほしいんだけど…」

    そういって、明石は自分のパソコンを取り出し、俺に一方的に仕事とやらの説明をしだした。

    「あのなぁ、今こっちも忙しいって言ってんだろ?」

    「まぁま、すぐに終わるから。」

    明石は機嫌取りのごとく態度を変えて俺を説得した。

    「クッソめんどくせぇな…」

    仕方がなく、明石のパソコンに手を伸ばした。仮にここで明石の助太刀をしなかったとしても、あまりいい未来は見れそうにない。単純にそう思っただけだった。

    すると、俺がキーボードに手をかけた瞬間、後ろの部屋扉がバタンと開いた。

    「すいません、3年の坂口っていいます。ここに明石悠馬さんはいますか?」

    姿を現したのは3年生の坂口俊太郎。明石とは面識がなさそうに思えた。

    「はい、僕が明石です。」

    すっと前に出る明石。うしろからでよくは見えなかったが、どうやら坂口から何か聞かされている。おそるおそる近寄り、二人の会話を何事も無いような顔で聞いた。

    「明石くん、君はこの学校で今何が起きてるか知ってる?」

    「何って…?」

    「先週この学校で殺人事件が起きたんだよ。これを見てごらん」

    坂口は明石にためらいもなく死んだ被害者の写真を見せた。

    「これって…やっぱり本当だったんですか…」

    「写真を見たことはなかったんだね…。で、この死んでいる彼女なんだけど、真理ユイって言うらしいんだ。見つかったのはこの学校の裏手の倉庫内…。」

    「はぁ…」

    明石は坂口の話をただ呆然と聞くことしか出来なかった。

    「問題はそこではない…彼女、この学校を2年前に卒業したOBらしい。だから、少なくとも学校関係者の犯行とみんなは見ていてね…」

    そこで、俺は矢崎善という男の名前を思い出した。

    「矢崎善?」

    明石はすっとぼけた顔で反芻した。

    「そう、矢崎善、その発音は正しいね。今彼が一番犯行を疑われているんだけど、このまま彼を被疑者にするのは何とも可笑しい話だと俺は思ってね…」

    「坂口さんは違うと思うってことですか…ではなんで?」

    「第一に、矢崎善がこんな悪評まみれになったのはそういう風潮があったからに過ぎない。俺も誰がそのような噂を吹き込んだのかはわからないんだがな…」

    「へぇ、じゃ、その吹き込んだ奴が本気で言ってたら…そいつをとらえることが先決ってわけですか?」

    「君は頭の回転が速いね…まぁそれが一番根拠を集めるのには手っ取り早い…。今のところこの話は3年生の間で影を落としてる程度だ…下級生やその家族とかまでにこの情報が届いているとは思えないよ。」

    「なるほど…じゃあすこし協力してみます。ちょうどいい助っ人もいるんで」

    おい、明石、その助っ人って誰だ。そう思ったが、坂口から聞いた話はどうも怪しい。確かに、コイツの言っていることは、いままで上西から聞いてきた話と一致していた。

    明石が坂口との会話を終えると、俺のほうに近寄ってきた。

    「どうやら、明石よ、お前が聞いてた話は本当のことらしい。」

    「え?そうなのか?やっぱり?」

    「ああ、同じことを同期の奴から聞いた。そいつも3年の姉からの情報だって言ってたしな。」

    「へぇ、じゃあこの話はガセネタじゃないのか…」

    「ああ、そしてもう一つラッキーなことに、坂口から被害者の名前を聞けた…それに遺体発見場所もな…」

    「おいおい、お前なんか探偵みたいな顔してるぞ?」

    「うるせぇ、今は探偵でも大統領でもいい気分だ。あんな手紙を受け取った身としてはな」

    「はは、それってまさかの今の状況に対する免罪符とか?」

    明石がそういって茶化す。

    「お前免罪符の意味わかってんのか?」

    「ま、とりあえず、俺とお前で協力できることは確からしいな。」

    明石は俺の方を見て目をそらした。 「いや、明石よ、お前は理由なんて暇だからとかじゃないのか?」

    「ははは、一理ありますな」

    明石は、俺と同じように、俺をちらりと見つめた後に、窓の外へと目を移した。

    いつの世も、出会いとはいつやってくるのか分からないものである。基本的には、築いたときに知っていたら、それはもう議論する必要のないことなのだ。

    この文章を読んだのは、俺が中学の時だった。そのころは何を思って読んでいたのかは知らないが、今になって、そういう哲学的な問いに少し真面目になるようになった。そして、不思議なことに、その時は、少しも待たずにやってきた。

    「明石、で、矢崎善が犯人かどうかを見極めほしいって言われたのか?」

    「いや、特に何も言われなかった…。本当に…。だから」

    「でも多分あの坂口とかいうやつ、この寮全体をうろうろしてるぞ?ここの奴らに知ってもらうためにな」

    「ほんとかよそれは…。」

    明石は不安な表情を垣間見せる。

    「ほんとだって言ってんだろ。さっさと犯人の特定に入るぞ。多分これに関して真剣に立ち向かう奴なんて同期じゃ俺たちしかいねぇ」

    「赤津…確かに同期じゃお前しかそんな先見の明を自信満々に言える奴はいねぇな。」

    「ああ」

    「んで、何をやるってんだ?赤津さんよ」

    明石が行き当たりばったりなことを口に出して再確認。赤津は明石のきょとんとした顔にむすっとした。

    「おいおい、そんな調子なのかよ…頼むぜ。確かにお前はこの事件を深く掘り下げる理由はないだろうが…」

    「そんなのお前だってそうだろ。」

    上西から聞いただけとはいえ、確かにここまで執拗に事件にむきになるのも道理がずれているようにも見えた。

    「…あぁ。だが、ここは俺たちの学校だぞ?殺人事件なんてほっておけるわけ…」

    「そんなのは警察かなんかに任せとけばいいだろ!自分から首を突っ込まなくても…」

    確かに明石の言うとおりである。皆から情報は聞いてはきたがそれは全て警告に近いもので、捜索願ではない。先ほどの坂口も、上西もそうだった。

    「…まぁ、お前の言うことは理解してる…。けど…」

    なぜか引き下がれない状況になっていた。さっきまでだべっていたとは想像もできないシチュエーションに昇華した。

    「あぁ!そうか赤津…おまえ、純粋に心配なんじゃないのか?」

    「…そうかもな、俺はこんな状況になったらすぐ本気になるって、自分でも自己紹介でさんざんほざいてた気がするわ…」

    明石は黙りこくって赤津の顔を眺めていた。

    「赤津、俺はお前のすべてを否定してはいない。ただ…」

    「わかった。今回はお前の言うとおりだ。殺人事件に1生徒が口出しするのはおかしいよな」

    明石はまた黙りこくってしまった。

    「でも、どう思うよ、お前は?怖くはないのか?」

    平然と取り繕っても怖いものは誰にでも存在し、それはいつ表立って没するかはわからない。すべてにおいて偶然そうなりました。という簡潔かつ何の当てつけも受け入れられない回答が横たわるだけ…。

    赤津は、明石の顔を一瞬だけみて、そのまま寮の窓を見つめた。同時に、自身の家族像を窓の奥に見た。

    「家族…か」

    家族…殺人事件…矢崎…。いろいろなことが頭の中で現れたり消えたりする。それらは互いにもつれ合い、さらに難しい問題として牙を再び剝いてくるように思えた。

    「なぁ明石…。今度、どこか行かないか?二人で」

    「はぁ?いきなり何を言う出すのかと思ったわ…。どういう風の吹き回しだよ…」

    「いやな、いろいろ考えてみるけど無理なものは無理だ…。気分転換の意も込めていってみようかと思うんだがな…どこかに」

    俺は明石にそんなことを尋ねていた。

    現在時刻は深夜12時半。これを一部の人間は24時30分とかいう。一体いつから一日は一日以上の長さになったのだと突っ込みたくはなるがそんなことはどうでもよい。

    俺は早く寝ようと思って、ベッドから立ち上がり洗面場に向かった。

    この時間帯は、基本的に誰も起きていない。洗面場は、寮の中にあるが、それは居住する場所とは別にあり、共用である。おまけに真っ暗で誰もいない。全く持って最悪だ。

    「はぁ、少ししゃべりすぎたか…?」

    そう自分に言い聞かせるようになだめたが、正解は喋りすぎではなく考えすぎである。たしかに今日一日で起きたことは、おそらく人生でも特筆すべき要項になると思った。がしかし、そんな心配は全く無用でしたと言わんばかりに、鮮烈な衝撃は刹那的に虚な世界をくらます。

    顔を洗い終わった。なので、顔を上げると、そこには見覚えのない生徒がたっている。

    「生徒?」

    身長は160センチくらい。

    正気で幽霊だと思った。

    それは、超常的にも思える出来事だった。まるで、そもそもそこにいたかどうかは問題ではなく、こういうものとしてのホログラフと言わんばかりに、金髪の少女が突っ立ているではないか。

    2章 金髪ロング

    「誰だ?」

    恐怖心10割。もはや引き返すことのできない状況だと感覚的に把握していた。だが、足は残念ながら動くことを忘れていた。まるで、別の意志を持つ生き物のように。

    「おい、聞いてんのか?そこの…」

    すると、そいつは俺の方を見た。心を射抜くように煌めく蒼い瞳光は、俺をあざ笑うかのように、俺の黒い瞳と焦点を合わせる。

    そこの…と言おうとしたが、そいつをなんて形容したらよいのかわからず、ただ…とするしか選択肢がなかった。

    まるでテレビゲームの主人公ヒロインか俺は。なんて、平常なら、というか傍観してたら思うだろうが、当事者赤津さんはそんなことをじんまりこっくり吟味している暇はない。

    すると、黒いワンピースみたいなものをまとった、俺と同じ年くらいの少女はこちらを見つめ続けた果てに一言。

    「お前が赤津信二だな。」

    なにか不安そうな顔で、俺の身元確認をしたようだ。全く持って不安なのはこっち側だっつうのに。と愚痴をこぼしそうになったが、それどころではない。

    「名前は何てんだ?」

    とっさに出た言葉がそれだった。

    すると、金髪少女は、とっさに答えてくれた。

    「わ、私はカステリアだ!カステリア・グレンヴェルト」

    カステリアは口元だけ慌てながら、うしろにあった洗面台にゆっくりと腰を掛けた。「カステリア、っていうのか…」

    驚くことに、なぜか安心した。今何が起きているのか、そんなことは本当にどうでもいい。こういうのは考えれば考えるほどあほになっていく。映画で聞いた言葉だ。

    そんな映画の面白き記憶に続くかの如く、今日明石と解読した例の手紙について思い出した。

    「まさか、俺宛の手紙の送り主って…」

    言うつもりはなかったが、どうしても声に出てしまった。

    「そうよ。それは私が出した」

    手を組みながら、怪しい視線で俺のことをにらみつけてくる。イメージと違ったのだろうかなんて考えると心が痛む。

    「聞いたわ、この学校で今、悪評高いことが起こってるってね。」

    「え?」

    驚くことは次々と起こるものだ。なんでこいつはそんなことを知っているのか。そして謎もますます有り余ってゆく。そもそもこいつは何者なのか?どうして金髪ロングで、どうして黒いワンピで、どうして日本語が喋れるのに手紙が英語で…。もはや意味わからないほど、質問事項ばかりが浮かんでくる。

    「すまん…マジで眠いから、寝させてくれない?」

    宇宙人と話すときに、人間側はよく後手に回る印象があるが、もはや俺はそいつと同じ状況にいるのかもしれない。そう思うと、コイツに張り合うのは妥当な手段だと言えないか?なんて考えた。

    「お前はいつもこの時間帯には起きてるんじゃないのか?」

    そもそも、何で初対面なのに俺をお前呼ばわりするのか謎なのだ。

    「起きてるけど…、あのなぁ、俺だって人間なんだけど…」

    なんでか、不満を漏らした。

    「あれ?」

    え?

    どういうことだ?眠くない。さっきまでは、というか数秒前まで、はるかに深い深淵にいざなう眠気に襲われていた最中だったのに…なんでだ?

    奴はいまだにここにいる…。俺に何かしたのか?

    外を見る。暗い。時計を見る。24時44分…全くもって時間空間的にはおかしいところはない。眠くないということは、どういう…。

    「おいお前。俺に何をしたんだ?」

    好奇心のなすが儘に、金髪少女に尋ねてみる。

    「眠くなくなったか?じゃあ本題に入るか」

    「ちょちょ、ちょっと待て、お前には協力しよう。うん。だけど、俺から聞きたいことがいくつかあるんでな。少し聞いてほしい。」

    いつしかそいつのペースに乗せられていた。

    「質問でもあるのか?私はまだ何も説明していねーけど…」

    「そういうことじゃない…。てかお前…今俺に何を…」

    頭が急に痛んだ。まるで、副作用を食らっているかの如く、そいつは現れた。

    「私が何をしたか知りたい?のか?」

    少女は、ひざを曲げ、その場に倒れこんだ俺をじんまりと観察しながらしゃべる。

    なんだ、俺が痛がってるのに、心配もなしか?

    「俺に…何をしたんだ…。眠くなくなったとたん頭痛なんて…。お前が何かしたに違いないだろ。」

    「…すまないな赤津、今ここでそんなことを悠長に話している時間はない。さっさと行くぞ。頭痛ならあと数十秒で治る。」

    意味の分からない時間はまだ続く。俺はそいつの言うことが本当なのか疑ったが、本当だった。

    手を頭にやる。頭の痛みは完全に消えた。ともかく、コイツが何をしたかは後々聞き出すと誓った。

    「おい、どこ行くんだ?」

    「決まってるだろ、とにかくこっちへ来い!」

    仕方なしに、そいつについていくことにした。見ただけでは、あたりが真っ暗なだけでどんな人間なのかはわからないが、人間であることは確信できる。不思議な奴も世の中にはいるものだ。なんてよく言うやつがいるが、俺が直面しているのはそいつの想像をはるかに超える不思議な奴。なぜなのか、コイツを見た瞬間に、今まで抱いてきたリアル・アンチテーゼのほぼすべてが灰燼になるような音がこだましたのだ。

    少し走ってたどり着いたのは、美咲が丘高校の裏手の倉庫だった。そこはまさしく、坂口が言っていた死体発見現場。到着したとたんに、この金髪が何を考えてるのかますますわからなくなった。

    「おい、カステリア」

    「なんだ?」

    「俺を連れ出してどこに行くのかと思ったら、お前この事件のこと知ってるのか?」

    「当たり前だろ。そのせいで私は今ここにいるんだぞ?」

    なんだかご機嫌斜めの様子だ。こんな寒さ厳しい真夜中に、何を思って俺を案内したのか…。

    「ぐちぐち言ってないで早く中に入るぞ。」

    そういうと、勢いよく倉庫の扉をバタンと開けた。当然、倉庫内は真っ暗だ。

    「懐中電灯なんて持ってねぇぞ?」

    すると、カステリアは懐中電灯ではないが、光源を取り出した。

    「遺体はどこにあるんだ?」

    ずかずかと入っていく。

    「おいおい、そんなに横暴にいっていいのか?もし事件のことが分かって、警察とか来たら…」

    「遺体がない…?」

    全く聞いていない。こいつの頭の中はどうやら事件のことでいっぱいの様だ。いい迷惑である。こちとらこの事件にはかかわらないってさっき明石と約束したんだけどな…。

    ハイエナのような態度でこの事件にそこまで関わりたいってのは、どういう理由があるのかは知らないが、コイツが見た目だけでなく中身も吹っ飛んだ奴なのはよくわかった。

    「赤津、ここはもうごみ同然だ、矢崎の家に行くぞ」

    「はぁ?」

    また訳の分からないこと言いだした。

    「矢崎の家に行くってお前…。段取りも何もないのか?」

    「うるっさい、こっちはあまり長くしてらんないって言っただろ!」

    相変わらず不機嫌なのは変わらない。なんでか知らないがここまで数十分の出来事なのに、やたらぺらぺらと喋ってきた気がした。

    「でも、お前矢崎家に行くったって、矢崎善の家がどこにあるのか分かんねぇし…」

    それに、いるかどうかだって分かんなくないか?と、言おうとしたが時が遅かった。

    そういって、移動手段を聞こうとしたが、カツカツと、止まることを知らずに歩いているカステリアを見ると何か策があるのかと…。

    「は?」

    目を疑うのはすぐにやってきた。

    「おい、早く乗れよ」

    そういって促された先にあったのは、まさかのスーパーカー。本当にどういう訳なのか…

    「ぼさっとすんな!」

    エンジンを空ぶかしして、ガルウイングが開き、乗車を催促された。仕方なく乗っていくことにしたが、ここで乗らないという選択もできたな、と美咲が丘がうつる車窓を眺めながらふと思った。

    「色々聞きたいことはあるんだが…とにかく一つだけ答えてくれないか?」

    矢崎の家まではどうやら少し時間がかかるらしい。カステリアは突然静かになった。

    「なんだ?」

    片手でハンドルを器用に操作しながらも、返答する意はありそうだ。

    「お前…いや、カステリアは何者なんだ?」

    単刀直入に聞いてみた。

    「ただの人間だけど?」

    そりゃ姿かたちをみればわかる。

    「いや。明らかにこの辺の人間じゃないだろ…」

    付け加えて、地球人か?とも聞こうとした。

    「これはノルマだ。ただのね」

    「ただのノルマ?」

    なんでか、回答がかえってきてもすっきりしない。謎しか残らない。

    「俺の勝手な予想だが、この世界の住人じゃないんじゃないのか?」

    長々と喋る気はなかったが、第一印象として残ったことを素直にぶつける。

    「詮索はよせ。」

    かえってきた言葉はそれだけだった。

    「冷たくないか?あってから…。さすがに何か目的もありそうだけどな」

    分かってはいたが、自然と俺の口数は多くなっていった。

    「詮索はやめろって…」

    若干機嫌を損ねたようだ。と、思ったが、すぐにしゃべりだした。

    「仮に今私がここで、いろいろと説明してもお前は理解できない。」

    「どういうことだ?」

    「だから、そのままの意味。」

    確かに、理解できないことなど今の時点でわかっている。その目的すらも俺には理解できないというのか?

    「目的ぐらいはわかるだろ」

    というと、

    「目的?なんで赤津信二ってことか?」

    「まぁそうだな…なんで俺宛に手紙なんか出して、こんなことしてんだ?」

    一瞬黙った後に、口を開いた。

    「じゃあ教えるか。ただし条件がある。それを絶対に守ってくれると誓うか?」

    「誓う…」

    「条件ってのは、目的とやらを誰にも言わないことだ。」

    「単純だな。守るよ」

    快諾した。カステリアは、信号で止まるのを見計らい、車が完全に停車したのを確認したら、ゆっくりと、その重かった口にかかった南京錠を外すかの如く一言呟いた。

    「私の目的はただ一つ。今のお前を救うことだ。」

    「今の俺を救う?」

    きょとんとした。どういうことだ?俺は誰かに狙われているのか?

    「それってどういう…」

    ひとまずは落ち着いた。そうなると、確認したいのは、この事件と俺は関係あるのかだ。だが事件はいまだ、犯人すらわかっていない状況。それなのになんで俺を救うなんて言えるのか。もしかしたら、俺の想像する「救う」とは若干意味が違うのかもしれないと思った。

    「カステリア?聞いてるのか?なんで俺を救うなんて…俺は誰かに狙われてるのか?」

    カステリアは黙りこくった。

    全く状況が分からなくなる。今俺何をしているんだ?カステリアが俺のことを救うということは、少なくとも俺は危険にさらされていることになる。

    「あぁー、もう兎に角、この事件の件はさっさと終わらせるぞ!」

    カステリアがそう言うと、俺は自分の頭の中でストーリーが完結した。

    「そういうことか」

    すなわち、これは俺が危険にさらされるのが分かってるからここにやってきて、俺を救いに来てくれた。ということだ。そしてその危険はどうやらこの事件と絡んでいるらしいが…カステリア自身は事件の何が俺を危険にさらしているのかが…。

    「つまり、お前はこの事件の真相が分かるっていうのか?」

    未来予知理論をぶっかましていくことに成功した。

    しかし、カステリアは何を言ってるんだ?という顔で平然としている。

    「事件の真相が分かったらこんなことしてるわけねぇだろバーカ!」

    口が悪いのは相変わらずだった。

    「どうやら赤津、あんたは相当な脳みそお花畑野郎らしいな。」

    なんだか馬鹿にされている。多分これは本気で馬鹿にしているのだろう。そして、彼女はその口を閉じるのをやめない。

    「あと数分で矢崎の家につくが、私は矢崎善に興味があるんじゃない。そこだけは留意しておけ」

    ふと、そう呟いた。

    「え?矢崎善はあてじゃないのか?じゃあ誰が目的で…?」

    「いっただろ、私の目的はお前を救うことだってな。だから、この事件に巻き込まれるかもしれないお前を、守るっていう話。」

    俺がさっき思った未来予知説とそこまで大差ないじゃないかと思ったが、カステリアの本当の狙いが分からない以上、これ以上詮索するのはよすことにした。実際本人も詮索はご希望じゃないらしい。

    ふと、車窓に映る街並みを見る。本当だったら、俺は今頃寝ていた。何も起きずに。だがカステリアはもう目の前にいた。俺とこの金髪が出会うのはもはや時間の問題だったのだろうかなんて、今更思っても遅いことだが。

    だが、これも実際問題になるのだろうが、まったくと言っていいほど、カステリアに救われる気がしない。そもそもこいつはただの少女。にしか見えない。よくある漫画の展開的には、こういうやつが特殊な力をもって…みたいな展開がべたなんだろうけど。けど、それももしかしたら証明されるかもしれない。それも自分自身の目で。

    「おい、何をぼさっとしてんだ」

    カステリアはもう、スーパーカーから降りていた。どうやらついたようだ。

    「もう着いたのか…矢崎家には」

    ガルウイングをグイッとひらきゆっくりと地面に足を付ける。

    「ここに俺を危険にさらす奴がいるのか?」

    「多分な」

    カステリアは、足早に歩きながら矢崎家を見つめる。

    矢崎家には、矢崎善以外には家族しかいないと考えるのが普通。しかし、家族が事件に絡んでいるなんて考えられない。まず、なぜカステリアは危険にさらす要因が分かるのか、俺にはわからない。未来予知ができないのだとしたら、何をもってそれを知るのか?統計的な情報から演繹的に算出するとかなのだろうか?いや、それはあまりにもと法の暮れる仕事だ。

    ピンポーン

    カステリアは、間髪入れずにインターホンに指をかざしてゆく。

    「もしもし、お尋ねしたいことがあるんですけど」

    良く思えば今は深夜3時だ。こんな時間にやってくる初見の人間にまともな対応をする奴がいるのか。まぁそう思うと、異常性を証明する強引な手段なのかもなとも思えるが…。

    そういって少し待つと、案の定、出てきた。

    「はい?」

    「矢崎善さんのお宅ですよね?」

    「はい」

    中から出てきたのは、パジャマ姿の若い男。ツーブロックヘアで、耳には3つほどピアスをしている。ちらっと家内が見えた。ひどいほどのパンクオタクがいるらしい。

    「私はカステリアと言います。今ここに、内田という男は居ますか?」

    うちだ?誰だそれは。初めて聞く名前であった。

    「内田?内田郷太のことですか?」

    「そうだ。今どこにいる?」

    カステリアはグイグイと聞いてゆくが、ため口になっている。まぁそれ以上に、内田郷太なんて人物は、今まで一度も聞いたことがない。この事件と…。

    「内田なら…。今ここにはいませんね…。自宅とかじゃないですか?」

    「ほぅ、そうか、一応名前を確認しておきたいんだが…。」

    「俺ですか?」

    カステリアは、ささやくように喋っている。

    「当り前だ」

    「俺は、矢崎善です」

    確かにそう言っていた。矢崎善だ。カステリアはそのことを聞くと、さっさとこっちへ帰ってきた。

    「単独交渉の結果は?」

    ひとつ聞いてみる。

    「内田はここにいないらしい」

    「内田って誰なんだ?この事件と関係あるのか?」

    「事件とはどう絡んでるのかはわからないが、危険視している。私はな」

    根拠を聞いてみようとしたが、スーパーカーに乗り込んだとたん、また沈黙に入った。

    「なぁ、カステリア…」

    顔色をうかがう。特段何も考えてなさそうな顔をしている。

    「危険だとわかるのは何故なんだ?なぜ俺が狙われてると…」

    カステリアは、黙ったままだ。

    「ちっ、いい加減にわかれ!お前はもう少し危機感を持つべきだってな!」

    いきなりキレだした。これにはさすがの俺も大声でおどろく。

    「お前はいま命が危険にさらされているんだ。兎に角私の言うとおりにしてればいい。私のことを詮索する前に、自分の心配をしろ」

    詮索しているつもりはなかったが、危険危険と、危ない状況らしい。

    「だがな、カステリア、俺は何が危ないのか…わからないんだが」

    突然連れ出されて、狙われているなんて言われてもぱっとしない。

    「じゃあ、お前は戦場にいることを想像しろ。今、頭にライフルのレーザーが照射されていて、トリガーを引けば脳天爆死。そんなもとに今いるんだ…」

    「はぁ…そうか」

    いまいちパッとしない。そんなことよりも、カステリアのことが十分に気になる。目的など知ったことかである。詳しくも理解してないうえに、一方的に付き合わされている気分だ。

    「ちぃ…あと5時間か」

    車の時計を見ながら悔しそうにつぶやく。

    これも謎だ。あと5時間したら何が起きるのかもわからない。

    「5時間がどうしたんだ?」

    思い切って聞いてみると、これまた案の定な回答が返ってくる。

    「…だから」

    まるで、俺をその思考に入れないかの如く、避けさせるような誘導。

    「時間制限があるのか?」

    今おもえば、こいつはいきなりどこからともなく現れた。ということは、活動できる時間に制限があって、それ以降は俺の相手はできないとか…なのか?

    いや、だとしたら、そもそもなぜ命を狙われるミッションを選ぶ?という話にならないか?対価が重すぎる。

    「カステリア…頼む。俺はこういう性分なんだ。時間制限は何の意味がある?」

    カステリアは、汚いものを見るかのような目で睨んでくる。

    「ほんとに凝りなんだな。さっき誓ったのは何だったんだ?」

    このままでは何も聞き出せないままこいつと離れるかもしれない。ふっと、根拠のない予言が、神かなにかからささやかれた気がした。

    「お願い。…です…。教えてほしい。」

    「仮にここで私がお前に色々と話したら、まずいことになるって言えばいいのか?」

    「え?」

    カステリアは、唐突に冷酷な声になる。

    「言っておくが、私はお前の親衛隊じゃない。天使でもない。これはノルマだって言っただろ。」

    「そ、それはわかってる。だが、なぜまずいことに…」

    「そんなことは内田に会ってから話してやる。すべて終わったらな」

    どうやら、このいざこざが終れば話してくれらしい。しかし、俺はどうもこのまま無事に助かるとも思えなかった。

    まもなく内田の家についた。毎回思うのは何故こういうターゲットの住所などの詳細情報を、ここまで把握しているのか。ま、そんなことはどうでもいい。カステリアの調子に乗せられて、俺までも、互いの詮索に飽き飽きしてきた。

    「もしもし」

    あしかわらずガツガツ突っ込んでいく。内田の家は、矢崎のご立派な一軒家とは裏腹に、少し新築気味のアパートの二階だった。カステリアは一人でアパートに乗り込み、2階で応対をしている。

    俺は駐車場から見えるカステリアの背後を眺めながら、じーっと車内から見守っていた。

    「特段何も起きないだろ…そもそも内田って誰なんだよ」

    ぼそっと愚痴をこぼす。本来ならこの10倍は愚痴れるが、不安が取り巻くせいか、どうでもよくなっていた。

    「はい?」

    カチャと、ゆっくりドアが開く。

    「お前が内田郷太か?」

    カステリアは下から見上げるように、内田に問う。

    「内田郷太は俺だが…。何か用ですか?」

    そういって快く迎え入れた。カステリアは部屋の中に入っていく。

    「ここが内田の家か?」

    ためらうこともなく、ため口で話す。

    「はい、そうですけど。お宅こそどういったご身分で?」

    そもそも、見ず知らずの奴が深夜に来て、ファーストコンタクトで部屋に入れるという行為自体俺には理解不能だった。カステリアが中に入ると、そこからは何も見えなくなった。

    「お前はここに一人で暮らしているんだっけか?」

    「おお、よくご存じで。で?今日は何の用でいらしたんですか?初顔ですけど?」

    「私の名はカステリア。お前と少し話したいことがある。」

    「いいですよ。お茶を出しましょう」

    中で何が行われているのか、はなはだ想像もつかないが、カステリアのことだからうまくやるだろうと思った。俺があちらへ行くのはカステリアのほうから禁じられている。

    コト…と、熱々の茶が机の上に置かれる。

    カステリアは、初めて見るお茶に、懐疑的な目を贈る。

    「これはなんだ?」

    「お茶です。なに、危ないものじゃありません。で、要件とは?」

    「私は一度も要件があるなど言っていないが。」

    「では、なぜここへいらしたので?」

    「赤津信二という同期をしっているか?」

    そう言うと、内田は目じりをぴくっとさせた。

    「あぁーあいつのことですか。それがどうしたんです?」

    そのとたん、カステリアはお茶をぶん投げて内田の首に二の腕をかけ、地べたに押し付けた。

    内田はカステリアに押し倒される形となり、驚いた形相になる。

    「やっぱりあいつのことが憎いのか?」

    すっと、カステリアは金切り声で囁く。あまりにも小さな声。

    「なんで、そんなこと知ってるんですか?」

    恐ろしいほどに冷静な内田も内田だった。

    「お前は少し異常だ。今ここで殺す」

    カステリアは、内田を押し倒したまま、右手からナイフを取り出した。内田は、少女に押さえつけられてるとはいえ、体勢的になかなか起き上がれなかった。

    カステリアは、内田の眉間にナイフの切っ先を構える。

    「お前は憎悪を抱え込みすぎた。憎いやつに言い残す言葉はあるか?」

    まるで、裁定者かルシファーのように唐突に家に押しかけ、刃物で脅す。はたから見たら、そいつはサイコパスかテロリストの何者でもない。

    しかし、内田は冷静で、カステリアの手が震えているのを感じ取った。すぐさま、カステリアから垂れ下がるネックレスを歯で強引に噛み千切り、冷蔵庫のほうへ着きとばす。

    油断したのか、カステリアはナイフを落とし、冷蔵庫に思い切りたたきつけられた。内田は、危険を察知したのか、後ろにあった包丁を手に取り、カステリアに襲い掛かった。

    「これは、専守防衛です」

    こちらもこちらで、冷酷な表情だ。カステリアは、間一髪内田の包丁をかわし、ナイフを手に取る。内田までの最近距離は40センチ。そのまま右腕を上にかざし、内田の腹にパンチを送る。

    内田はたまらず後ろへ倒れ、カステリアはそれを逃がさないかのごとく彼に覆いかぶさった。

    「ここで終わりよ…」

    そういうよ、内田の眉間に再度ナイフを構える。

    「さようなら!」

    思いっきり両手を上げ、ぶっ刺そうとしたところに、俺が叫びに入った。

    「カステリア!」

    カステリアはそれに驚き、手が止まった。

    「赤津⁉」

    後ろを見て、目から驚いた表情が滲み出ている。

    俺は、半ば顔を歪めながら、内田とカステリアに近づく。

    「こ、こっち来るな!」

    腕を振り上げた状態で止まっているカステリア。叫びながら俺を止めようとする。が、俺は歯を食いしばりながら寄っていった。

    「赤津…信二…?」

    内田郷太は、力ない声で俺の名を呼んだ。

    「カステリア。これは一体どういうことだ?」

    カステリアは、俺の問いに全く関心を示さず、怒り心頭の様子で睨んできた。

    そのすきを、内田は逃さなかった。カステリアは再び内田に吹き飛ばされた。

    「あぁ!!」

    「カステリア!」

    叫んだが、もう遅い。たまらず止めに入る。内田を抑制した。体の後ろからがっちりと手を固定し、一時的に自由を奪うことに成功した。

    カステリアはリビングルームのテレビに思いっきり突っ込んだが、すぐさま起きてきて、内田と対峙する。

    「赤津!その調子で抑えてろ!」

    そういうと、包丁を手に取り、内田の腹を掻っ切ろうとした。

    一瞬包丁の光が見えた。確かにそれは、電球に反射する狂気の滲み出た一物。俺は、内田を投げ払った。内田は思い切り洗面台のシンクに顔を突っ込む。

    カステリアと内田は両者、額から血を流し、それでもなおカステリアは一貫した姿勢を貫いていた。

    「カステリア!もうよせ!内田に何があったんだ⁉」

    俺がそう叫ぶと、うるさい!と言わんばかりに睨み返される。

    「なぜ内田を殺そうとする!?」

    俺のほうも、だんだんと感情が込み上げてきた。

    「なんか答えろよ‼」

    ついには、カステリアに対して大声で怒鳴った。この時、今までのうっ憤もすべて一緒に吐き出した感覚に陥った。

    カステリアは、包丁を丁寧に台所へと戻す。そして、口を開いた。

    「こいつは悪だ。こいつの存在は、コイツのやったこととは別に、悪なんだよ」

    いきなり何を言い出すのかと思えば、意味不明すぎて返す言葉も見つからなかった。

    「悪?内田は何かしたのか?」

    「当然だ。内田はお前を殺す算段をつけていた。こんな奴が野放しにされていていいわけがない…!」

    「俺を殺す?…なんでそんなことが分かる?」

    「はぁ……毎回毎回…」

    カステリアが次に何を言うのかはもうわかっていた。

    「だから!なんでそんなことがわかるんだよ!!」

    豪快に叫んだ。おそらく近所迷惑待ったなしだろう。だが、これは聞いておきたかった。後々面倒になろうと、殺人未遂をしたこいつに何の思惑があるのか…。俺は、最大限の憤りをこの状況にぶつけた。

    カステリアは驚いた顔をして黙ってしまった。彼女に宿る蒼い瞳孔がきゅっ、と縮退するのが分かった。

    「なんで俺が狙われてて、何でお前は俺を救おうとしてて、何で内田を殺す必要がある?!」

    ここまでさんざん振り回されてきたが、ようやくこちらの言い分が通りそうな気がした。

    カステリアは、しばらく黙りこくった後、内田の家の玄関の方へと歩き始めた。

    「おい、聞いてんのか!金髪…!」 不意に叫ぶ。

    俺の声には、かなり苛立ちが混じっていただろう。無理もない。

    「もしあいつが死ななかったら、どうなるか…。そんなことは考えたことはないのか?」

    カステリアは、落ち着きを取り戻し、ゆっくりと俺に語り始めた。どうやら、何かが吹っ切れたのか。眉間が影付き、明らかな理由があるがごとく俺のことを睨む。

    「どういうことだ?」

    内田は、先ほどから伸びたまんまだった。カステリアは見た目は少女だが、明らかに不相応なパワーを秘めている。

    「赤津。もしかしたら私は、お前に謝るべき立場にいるのかもしれない。そもそもな」

    「謝るべき…?さっきの未遂にか?」 俺自身、この場でカステリアといまだに話せているのがすごい。一言一言に、神経をとがらせる。それは気分のいいものではなかった。

    俺を救出するとはいっても、そのために誰かを殺して安寧を得るのはどうかとも思う。それは俺の理念に背く。

    「お前はさっき、未来予知は、とか言っていたが、それは私に限る話だ。だから、未来予知は、解釈的にはできる」

    カステリアは、さらっととんでもないことを言い出した。

    「は?未来予知ができる?じゃあさっきまでの話は全て、わかっていてやったということか?」

    俺は、多少のハンドジェスチャーを交えながら、カステリアに理解させてくれと願う。

    「当然だ。だが、それは未来予知とは少し意味合いが違う。未来予知よりも不確定的なものだ。」

    「未来予知よりも不確定的?」

    カステリアの言うことは、やはり常識を一つ越えてくる。今彼女が、何を理解させたいのか、それを俺が理解するのは到底難しいことではないか?なんて、考える隙も与えない。

    「あぁ、その不確定的要素に対して、内田を殺すことが、より確定的になりうる。私はそう踏んだだけだ。」

    「…そんな、そんなもんで内田を殺そうとしたのか?」

    俺には、内田と、仕方なさ、そして殺めるという3単語しか、眼中にはなかった。

    「だから言っただろ、あいつが死なない場合どうなると思うのかってな。私は人間なんだ。少しは楽にノルマをこなさせろ。」

    やはり意味が分からなかった。人を殺すことに対し、ノルマの3文字で片を付ける。確かに暗殺者ならそうかもしれないが、人を救う目的で平気で他人を巻き込む。これは意味が分からない。もし本気で言ってるのだとしたら、こいつはこんな格好でうろつける筈がない。

    「どうやら、お前のいうノルマってのは、かなり自分本位なものらしいな。そこまでこだわる理由に何があるんだ?」

    何らかの核心に迫る質問だと思った。

    「すまないな赤津、これ以上お前に話せることはない。私の立場もある。」

    いきなり話に区切りを付けられた。立場とはどういうことか。ますます訳が分からなくなっていった。

    「じゃあ、これ以上は聞かない。その代わり俺からも願いがある。」

    とってかわるように思いついた。

    「内田は殺すな。というか、殺さないでほしい」

    いかなる理由であれ、内田を殺すのは間違いである。それは揺るがなかった。

    カステリアは顔が鈍る。本当に、コイツにとって内田がどういう存在なのかが謎であった。まぁ、それは今は良い。ただいまは、この場を平和的に解決する方法を探していた。

    「…仕方ない。ここは下がろう」

    悩んだ末、カステリアは確かにそう言った。

    「すまない。カステリア…お前に何があるのかはわからない。それは本望だろうが、ここは引いてくれ…」

    何故か俺にまでやるせなさが移ってきた。さんざん振り回されたのはこちらだというのに。

    カステリアは、そのまま内田家を後にした。俺もついていくように、学校へと帰った。

    「ついたぞ。降りろ」

    カステリアの声が聞こえるときには、すでに4時半。学校が目の前にあった。

    「私はもう帰るとする」

    いきなりそう言いだすので、どこへ?と思ったが、おそらくはあの5時間とか言っていたやつだろう。

    「あれは制限時間かなんかのか?」

    ふときいてみる。

    「ああ。私はここで活動できる時間には限りがある。これはお前に会ったときに言った気がするがな」

    ああ、確かに聞いた気がする。

    「過ぎるとどうなる?」

    「…信じられないかもしれないが、物理的に消える。この場からな」

    「は?消える?」

    驚きを隠せなかった。もはや現実がどこにあるのかすら忘れていた。

    「まぁ、今回は余裕をもって帰れそうだ。」

    カステリアの表情には、少し悔やんでいるところが見られた。やはり、内田のことが気がかりなのだろうか。

    「もしかしたら、またここへ来るかもしれない。その時もまた、同じような理由になるとは思うが。」

    クール気取りはずっと変わらずか…。まぁ、よくわからん奴ってことにしておこう。

    カステリアは、そのままじゃあな、と言うと、俺の目の前で自分の胸に手を当て、すぅっと消えてしまった。

    ほんの一瞬の出来事であったが、これには目を疑わずにはいられなかった。

    「き、消えやがった…本当に…」

    余りにも意味不明すぎる。カステリア…グレンヴェルト…。奴が一体何なのか…。

    まるで幻想と現実の狭間を彷徨い続けた4時間であった。

    3章 嵐の後

    俺は、カステリアが消えてもなお、その幻想的な経験の追憶から抜け出すことが出来ないでいた。だが、その虚妄は思わぬ形で瓦解した。

    「寒っ!」

    思えば俺は、あいつに変なことをされて眠気を奪われたのだった。今更になって周囲の異常に低い温度に現状を知らされた。

    翌日、途方もない眠気に襲われた。

    「ふぁーあ、ねむっ!」

    明石はぴんぴんしていた。

    「おい赤津、どうしたんだお前。昨日どこいってたんだ?」

    やはりいろいろ暴れすぎたのかもしれない。

    「あぁ、うん、ちょっとね…」

    明石は静かに立ち学校の準備を始めていた。

    「そういや、昨日お前が渡してくれた本、意外と面白かったよ。俺はそんな普段から本は読まねえけどな。」

    「そ、そう、あんがと」

    やるせない返事になる。それもそうだ。いわゆる貫徹をしたのと同然の眠気に襲われている。カステリアの、謎のごまかしは決して万能ではなかった。

    学校へ着くと、一層に増して、矢崎の話題が盛り上がっていた。

    「おいおい、3年で今ヤバいことが起きてるらしいぜ?」

    矢崎の話題は、既に2学年までに及び、掲示板の片隅にもそれに関するものが張り出されてあった。

    「こいつはひでぇな。」

    呟いたのは明石だ。俺は何も言わなかった。というか、昨晩にあんなことを体験させられたら、矢崎がどうなろうと知ったこっちゃなくなっていた。

    「赤津?お前本当に眠そうにしてるな」

    三度、明石に突っ込まれる。

    明石は3年なので、階段前で別れた。すると、目の前から威風堂々と歩く女子集団が現れた。

    「西宮、今度どこ行くの?」

    「えー?ライブ行っちゃう?アモングの」

    髪を真っ赤に染めたヤンキー風情な奴と、どこにでもいそうな眼鏡オタクさんみたいな二人組、そして後方には彼女らの後輩とみられる面々。

    「荒木先輩はアモング聴くんですか?」

    「えー?うちは聴かないかな、アモングというよりアエロス派」

    何故か彼らは、昇降口付近で毎日たむろしている。アモングというのは、最近はやりのボーイズバンド。そしてアエロスは、ア・エル・ジ・エロスの略で、こっちはガールズグループである。両者ともに、国内トップの売り上げを誇っており、この2勢力は世の音楽ファンを2分してしまうほどだった。

    そんな日常会話をしり目に、教室がある2階へと足を進めた。

    「おはよ。赤津君」

    一番最初に声をかけられるのが上西。今思えば、俺と上西は学校に入ってからずっと同じクラスだった。と、俺は記憶している。

    「よう、上西」

    また、いつもの映画談話が始まるのかと思ったが、いつもそうなるとはだれも言っていない。

    「栞が言ってたんだけどさ、やっぱり矢崎って人は危ないらしいよ」

    念入りに注意してくる。それもそうだ、矢崎は今、この学校で一番ヤバいやつだと思われている。

    「や、矢崎か、確かにあいつはヤバい」

    とりあえず受け流した。

    「あ、あとさ、死体発見現場の死体がいつの間にかなくなってたんだってね」

    死体。それは昨日の経験から思い出した。たしかあの時もなかった。

    「へぇ」

    知らない体を装った。

    カステリアは、死体を確認していたが、あれは俺を救うこととどう関係があったのだろうか。

    これもまた聞いたら聞いたで拒絶されるだろうけども。

    「上西?また矢崎事件の話を赤津に吹き込んでんのか?」

    よこから突っ込んできたのは、同じクラスで俺とまぁまぁ面識のある城田淳

    「城田?」

    「淳?」

    上西と俺の声はみごとに重なり、姓名を完成させた。

    「いや、お前も暇なんだなー。どうせ情報源姉貴だろうに」

    「だって気にならない?」

    実際、クラスの過半数はこの話題をだして、その場を保たせている感はある。

    「気になるのは認めるが、あまり聞きまくるのはやめといたら?」

    「いいじゃん、こういうサスペンス的展開はなかなか味わえないよ?」

    上西は単純に好奇に飢えているだけなのか。おそらく今この場で、俺が昨晩起きたことを話したら、大パニックは間違いない。下手にぶちまけず、相談する場所と時間は考えるのがよさそうだ。特に、上西と赤津以外は、ただパニックになって誤解を招くだけかもしれない。

    「な、なぁ、上西、俺から少し話があるんだけど、少し時間もらえない?」

    「え?いいよ?いつ?」

    「うーん。学校終ったら」

    「え?何々?なんか話があるの?」

    すかさず城田が食い込んでくる。無理もない。こいつは異性との関係にとことん敏感だ。

    「城田、すまんがお前が聞いたら後悔することなんでな」

    「は?マジで?」

    城田の目はきょとんとした。

    「大丈夫、そういう話じゃない。」

    俺が一言加えると、城田と上西の顔に安堵が戻った。

    放課後、俺と上西は明石の身元を尋ねた。当然サッカーグラウンドである。

    「明石!」

    俺がそう叫ぶと、上西も続いて「明石―!」と叫んでくれた。

    明石は上西の声に気付いた。そんでもって、すぐさまこちらへ合流してくれるらしい。

    「明石、すまないな、少し話があるんだ」

    上西との予定調和のためでもあるため、少しは目をつむってもらった。

    「おう、どうかしたのか?」

    俺は、少しゴホッと息をむせいでから口を開いた。

    「矢崎の件なんだけど…」

    ゆっくりと話し始める。二人は、矢崎の言葉を聞いて、少し敏感になるはずだ。この話題は現在学校内でもトレンド入りしているくらいだからな。

    「実は俺、矢崎ともう会ってきたんだ」

    嘘のように言ったわけではないが、二人は当然のごとく疑り深い目をこちらに送ってきた。俺としては、信じてもらうしかなかった。

    「あぁ、この話、かなり吹っ飛んでて信じがたいかもしれないけど、全部事実なんだ…。俺からの願いは、受け入れてもらえれば幸いだ」

    そう言って二人に注意深く催促すると、二人とも了承をしてくれた。

    「わかった。で、どんなことがあったんだ?」

    明石が切り詰める。

    「まず衝撃の事実から話そう…。俺は昨晩、金髪ロングで蒼い瞳を持った、謎の少女に出会ったんだ。」

    ばっとすべてを語った気分になった。

    「金髪で蒼い瞳?」

    「あぁ、そいつは黒いワンピースを着てて、いきなり俺に事件の究明を催促してきた。」

    自信満々に2人に話す。しかし、当然だが2人とも謎めいた顔をする。

    「赤津君、頭大丈夫?」

    そんな幻想はないだろうという人が目の前にいた。だが、その不信疑惑には臆することなく、つづけた。

    「俺はそのまま、矢崎の家に連れていかれた」

    すると、待ったをかけるように明石が前のめりになる。

    「ま、待った!赤津、まさかお前が返ってこなかった理由って…」

    「あぁそうだ、そいつと行動を共にしてたからだ」

    上西はきょとんとした表情だったが、明石は顔を手で覆うように隠した。

    「まだまだなんだ…。俺が経験したのは…」

    上西は、黙って聞いていた。いつの間にか真面目な顔になっている。

    「信じられないかもしれないが、そのあと内田とかいうやつの家に行って、ひともめした…」

    「ひともめ?」

    上西が首をかしげる。

    「まぁ、喧嘩だ。その少女と内田が、刃物を取り合って…」

    想像するのはここまでにした。明石は青ざめた顔をしている。

    「おいおい、そりゃどんな修羅場だよ…」

    「あぁ、俺もその時は本当に焦った…。」

    上西は意外と鋭い質問をしてきた。

    「ねぇ、その女の子と会ったって言うけど…、昨日の深夜の話でしょ?それって夢かなんかじゃないの?じゃないとしたら、何でそんなこと…」

    「まぁ、その理由は一応聞きだしたんだが、これまた意味不明だった。理由は俺を救うため、それでもって、そのためなら他人の命など何も思わないとかいうやつだった…」

    明石はさらに青ざめていた。

    「ま、その時に思ったよ、こいつはやっぱりヤバいやつだ。なんてね」

    「赤津、お前そんなことがあったのか。凄いな…いや、凄すぎる」

    明石は開いた口が塞がらないという感じだった。

    上西も、理解はしてくれたが目は思いっきり開き、もっといろいろ聞きたいというような顔をしていた。

    「このくらいが俺が経験したすべてだ。正直、これを説明してくれるのがそいつぐらいだから、本当に俺自身崩れかけたけどな…」

    間髪入れずに上西が口を開く。

    「ねぇ、その女の子、何て名前なの?」

    立ちっぱなしで会話するには少し時間をとりすぎるものだった。

    が、今はこの2人にとって疲労は二の次のようだ。

    「んー、確か、カステリアとかいう名前だったっけ?」

    何故か覚えていた。すると、上西は口元で小さく「カステリア」と反芻して囁いた。なにか覚えでもあるらしい。

    「明石、お前部活にそろそろ戻るのか?」

    明石は、靴を再び整えだした。この話は一度ここで切りやめることにした。

    「ありがとう」

    その声が聞こえてきたのは上西からだった。

    「え?」

    「赤津君がここまで切り込んだことしてくれなかったら、お姉ちゃんさらに悩んじゃう顔知れなかったから…」

    初耳だ。

    「え?お前の姉貴って、暇だから情報集めていたんじゃないのか?」

    すると、上西はううんと首を横にふる。

    「あれは建前よ。本音は別だった」

    一瞬くだらないことで、なんて思ってしまったが、内田のことを思い出すと、一瞬でその感傷は吹き飛んだ。

    「…そうか」

    上西と明石は長い付き合いだからか、理解力が異常に速かった。それには俺自身もびっくりしている。

    「俺のほうこそ、お前らがここまで早く受け入れてくれることにはありがたく思うわ」

    「へぇ、そう。なんで?」

    上西が興味深そうに聞いてくる。

    「こ、これ以上はここは寒いし、中に入らん?」

    今思えば、もう5時だ。肌寒い時間帯になってきた。

    「あ、そだね。あ、それとさ…」

    上西は話を続けるかと思ったらまさかの提案をしてきた。

    「私のうちでもう少しそのこと聞かせてよ…!というか、私よりも知りたがっているのは栞のほうだからさ。」

    俺は、特にやることもなかったので承諾した。

    「じゃあ、今日の7時くらいに」

    「うん」

    そういって、一度解散することにした。

    明石は、この話を待たずにサッカーの練習へと戻ってしまった。今思えば、菫の奴は、昨日友達と遊ぶ約束をしていた。

    それはどこへ消えたのだろうかなんて、当事者でもない俺が考えることでもないが。

    ―カステリアは、自宅へと戻った。

    誰もいないが、誰かいても困る。そんな性分なのだ。

    外は、強風に襲われ、ごうごうと音を立てている。カステリアの家といっても、地下にあるので、正しくは上。であるが。

    「はぁ」

    深くため息をついた。何が原因かわかるからなおさら気が引けた。

    そのまま、目の前にあったソファーに身を放り投げ、何を思うことなく目を閉じた。

    ピンポーン

    目が覚めた。と同時に玄関の方から、ピンポーンとベルが何回も鳴り響く。

    「なんだ…よ…」

    若干苛立ちながら、立ち上がった。

    コンコン、と玄関のドアが何回もノックされる。

    「ちょっとまってろ!今開けるから!」

    そういうと、玄関のノック音は静まり返る。

    「はい?」

    そういってゆっくりドアを開けると、外の強風の音がますます大きくなると同時に、目の前に、大男が立っていた。

    「カステリアさんですか?」

    そういう男は、目に深く傷を負っていて、両目が見えない、といった具合だった。

    「コフーリエ…」

    カステリアは、目を細めながらその男の名を呼んだ。

    コフーリエ・エヴァンハルトハイム―そういう名前らしい。

    「私たちナイツの会議が開かれるらしいですよ…」

    玄関で話そうとするコフーリエにカステリアは中に入るように促した。

    「ありがとうございます」

    「そう早まるな。会議があるのか。いつから?」

    「うむ、おそらくあと少しで…」

    「じゃあもう行けってことか?」

    「はい」

    カステリアはドサッと、大きなソファーに腰をおろした。

    一方コフーリエも、ズシッと椅子に座る。

    「くそ、少し私としてもいいニュースは届けられそうになくてな…リーダーは憤慨するかもな…」

    コフーリエは、何をおっしゃるかという顔で驚いていた。

    「カステリアさんはペレシアさんに一目置かれてるじゃないですか」

    カステリアは、おもむろにコーヒーを取り出し、二人分注いだ。

    「リーダーの性格はわかっているだろ?あんなだからな、基本的にコネはやる人じゃないね。多分」

    「フフ、カステリアさんらしい…」

    コフーリエは、スキンヘッドに茶色の羽衣。全体的に重厚感のある服装をしていて、右手の手首には大きなバンドをつけ、左手は、肩からはだけていて、おおきな刺繍が彫られていた。

    「まぁ、私たちの目的はコネで乗り切れるものじゃない。そう思えば何ともないね」

    フンと、自信に満ちた顔をする。

    「カステリアさん、そろそろ時間なんですが…」

    「やっぱりすぐ行かなきゃダメな奴なのかよ…!」

    ちぇっと言う感じで、仕方なさそうに会議へと向かった。

    会議場はここから程遠くはない。車で数分である。が、外は強風なのと、この辺りは砂漠丘が広がっており、視界が非常に悪い。このせいで、予定時間から数分遅れて着くことになった。

    本会議場は、カステリアの家同様、地下にあり、そこは非常に大きい空間が張られていた。

    「懐かしいな…」

    カステリアが、懐かしんだとたん、奥の方から声が聞こえてきた。

    「カステリア、来たのか。遅いぞ」

    そう言い放つのは、カステリアよりも高身長で、アルビノのような白髪に、白い目。そして長い髪と、白いドレスのようなものを羽織った女性。そして、彼女を取り囲むように、5人の人間が、環を成して座っていた。

    「すいません。私の運転がトラブルばかりだったもので」

    「コフーリエ、お前はいつも謙虚だよな。でも今回ばかりは、カステリアのせいなんだろ?」

    カステリアから見て一番手前に座っていた男は、セバストレス。絡んでくるスピードはぴか一に早い。

    「黙れセバス」

    カステリアはそれを難なくかわし、自分の席についた。席は合計8つ。ここには8人の人間で組織された、ナイツのメンバーが雁首をそろえて待っていた。

    「全然、その態度だけは変わってなんだね。カステリアちゃん。クスッ」

    自己紹介をするかの如く、一人一人がでしゃばる。

    「テルキンス。私語は慎め。本題に入るぞ」

    そういうと、中心にいた女性は早速会議を始めた。彼女の名前は、ペレシア・セロ・タリンコフ。この組織をまとめるリーダーとして皆から認識されている。

    テルキンス・ホワイトバーグは、いつも誰かの厄介ごとに口を出す性格なのか、クスッが口癖になっていた。そのほか、見ただけでも、個性豊かな面々だということがうかがえる。

    「今回の議題の内容だが、まずは各人のこれまでの成果報告といこう」

    ペレシアは、いきなり個人成績の確認にはいるかの如く、皆にプレッシャーを与える。メンバーは、彼女の顔色をうかがうかのごとく、表情を鈍らせる。

    「ではまずは、ヤン。お前からだ」

    冷酷な顔の裏には、冷酷さしか見えてこないような、そんな視線が注がれる。指名を受けたヤンは、手元に資料らしきものを取り出し、報告を始めた。

    ヤン・ヴォルシェ。外見はいたって真面目そうな風貌。しかし、彼の行動力は自他ともに組織内では評価されている。生真面目な性格もあってか、多少のミスでも許すことはしない。

    「はい、では始めさせていただきます。私はここまで、2つミッションをこなしましたが、成果としては2つとも成功。まず一つ目は、アルフェルという少年の保護。そしてもう一つは、エリリ系惑星G-10の公転軌道の補正です。一つ目は、アルフェルの心的外傷ストレス障害、いわゆるPTSDからの脱却措置。そして2つ目はエリリ系恒星、エリリの重力圏改圏の功績が大きいと思われます。」

    さーっと、流すように発表した。特段こだわる必要はなく、やるべきことをやったと言えればペレシアは何も言わない。

    「ほう、成程、では次、セバストレス」

    セバストレス・カーヴァは、ヤンとは少し勝手が違うようだ。

    「はい、俺の目的課題としては、3つありましたが、3つとも成功です。まぁ、当然ですが。」

    セバストレスは、立つこともせず、優雅に話し始めた。

    「セバス、立ちなさい」 リーダーであるペレシアは立つよう促した。いわれると、仕方なく、といった態度で、腰を上げた。

    「はぁ、まず一つ目は、ヒグマの殺害。そしてもう一つは、リョウフエルト棚氷の一部解凍、最後はセイルト彗星の軌道変更です」

    すると、テルキンスが口をはさんだ。

    「はは、セバスにも軌道変更出来たんだ…宇宙規模のミッションは難しいものと思ってたけど…クスッ…」

    セバスはテルキンスをにらんだ。

    「以上です」

    苛立ちを隠しながら、いやいやと座る。基本的に、こういう開示ごとは、問題がなければ堂々と振舞える。

    「若干適当だが、成功したなら良い。では次、グアラドはどうだ?」

    ペレシアはそういって、手前に座っていたグアラドを指名した。グアラド・ブレイ。彼は、コフーリエとよく似た風貌で、大きな帽子を身に携えている。普段はそこまで頻繁にこの帽子はかぶっていないという。

    「はい、私、グアラド・ブレイの成果は、2つありましたがどちらも成功しました」

    一同、謎の沈黙に包まれた。

    「まずは、トム・レズジアという男性の爆死阻止。そしてもう一つが、マリー・テレジアという女性の投身自殺の阻止。トム氏については、一部身体損傷というミスがありましたが、後者の方はうまく処理できました。」

    ペレシアは黙ってうなずいた。そして、次、という感じでジェスチャーを7人に送る。グアラドは、潔くその場に再び座り、前に座っていたテルル・エルミートに立つように促した。

    テルルは、何も言わずに立ち、てきぱきと喋りだした。

    「私テルルは、今期の課題として2つほど預かっておりました。一つ目は惑星競売の操作、そしてもう一つはSSR系のフォトンスピン角速度の微調整。結果として、2つも成功です。競売結果は、ペレシア様のご期待通り1294となり、スピン角速度の局所的非線形処遇も済んでいます。」

    テルルは、褐色の肌を持ち、いたって大人しく冷静沈着な第一印象を受ける。

    「テルル、よくやっているな」

    ペレシアは一言、テルルに声をかけた。

    「では、次はテルキンス。お前だ」

    「っはーい。じゃぁ僕の発表しちゃうね。ペレシアさん」

    テルキンスは余裕そうな顔をして、颯爽と立った。

    「確か、ノルマは1つだったかな。起こりうる連続怪事件の阻止。だっけ?成功したよ」

    テルキンスは、その流れで座ろうとしたが、ペレシアが詳細に述べろと指摘し、嫌々席を立つ。

    「え、詳細?そりゃ、一番最初に犯行に及びそうな人物の殺害に成功しただけだけど」

    「それを言うべき」

    テルキンスは、はーいと力なく返事をして席に着いた。ここまでで5人ほどの情報開示が行われたが、この結果、成果というのは正直に言う必要はない。だが、それは後々になり必ずわかるものであり、結局素直に伝えるのが最善という訳である。

    「じゃあ次、カステリア」

    ペレシアは、隙も無く口を開いた。カステリアは当然機嫌が悪い。

    「はい…。私カステリアは、2つほど指令を受けていましたが、不手際があり、1つが未処理、もう一つは処理という結果になりました。」

    未処理という言葉に、その場にいたものはみな顔を合わせた。

    「どういうことだ?」

    ペレシアの眉間にしわが寄った。

    「一つはパーセヴァル系恒星の作用場の改善。こちらはうまくいったのですが、もう一つの救出任務で、標的の殺害未遂として帰還しました。作用場改善は誤差率を1パーセント以下に抑えられましたが、救助のほうは、内田郷太の殺害に失敗…」

    カステリアのミス報告に、テルキンスが食いつく。

    「おいおいカス子~。本当に最近ダイジョブか?また俺のこと困らせるなよ~?」

    毎度の煽りに等しいテルキンスの文句は、カステリアには通じなかったが、ペレシアの内情が気になっていた。

    「テルキンス、その辺にしておくべきよ」

    テルルが仲介に入る。ペレシアは、数秒苦い顔をしていたが、少し経つと顔を上げて、コフーリエに開示するようにいった。

    「はい、私コフーリエは、今期の課題として主に2つお預かりしています。一つは、生成染色体の安全確保と、ゴルトアン砂漠の半球爆破。今回は内容が内容なだけに、見事にうまくいきました。染色体の安全確保は無事目的の時間まで確保でき、半球爆破においても問題なく実施できました。」

    コフーリエは、カステリアの顔をたびたび見ながら、焦るように座った。

    「分かったわ」

    ペレシアは、コフーリエの成果に納得した笑みを見せた。ここまでで、やはり気がかりなのはカステリアに対するペレシアの処遇だった。今までのミス回数が一番少なかっただけに、信頼もそれなりであった。だが、一度ミスするくらいではペレシアの心理は動かなかった。

    「カステリア、あなたは少しワークしすぎたようね。これから一定期間休養を与えるわ。」

    これは休養というより、もはや命令だった。基本的にペレシアの任務はやらなくてもいいという選択もできる。自分が自分たちのためにやる。これがナイツのモットーなのだ。

    「皆、もしミッションが遂行不能と判断したら、迷わず断念しなさい。代わりとなる世界というのは幾らでもあるわ。」

    ペレシアは、再び皆に呼びかけた。その顔には一抹の不安があるようにも捉えることが出来た。

    「おいおい、大丈夫かカステリア?クスクス…」

    テルキンスは相変わらずの態度であった。事実、彼は今一番ペレシアに信頼を置いている。前期に行った、難解な心理戦を勝ち抜いたことが大きかったのだろう。心理戦というのは、ゲームではなく、もはや自身の命とを引き換えに行ったデス・ルーレットである。

    「うるさい。お前毎回飽きないな」

    カステリアは正々堂々と嫌がる。テルキンスは遊び感覚と誤解しているようだが、つたわることはなかった。

    「ねぇテルキンス、いい加減にしなよ」

    再びテルルがカステリアを庇う。

    「テルル…」

    カステリアは、虚ろな目をテルルにやった。テルルはその目を見て、何を思ったのかカステリアの手を握った。

    「少し休むべきだよ。カステリアは最近無理しているように見える…」

    しかし、カステリアは、違うといった様子で、唇をかんだ。

    「ちぇぇ、テルルの奴はつまらんよな、そう思うだろコフーリエ?」

    「テルキンスさんは相変わらずですね…」

    「へぇ?何が相変わらずだって?」

    テルキンスは、不満足そうにする。 「いや、何でもありませんよ…」

    コフーリエも、決して満足している表情ではなかった。

    「カステリアさんは、どうしてミスなどを…したのでしょうか…」

    テルキンスは、軽いノリで答える。

    「クスス、そりゃあれでしょ、何かおもらしとかしちゃったんじゃないの?だってカステリアだしね…」

    全く、といった感じでコフーリエは黙る。

    会合が終ると、皆それぞれ、次の会合が出るまで休養となる。カステリア含め、8人全員が、一度解散となった。

    俺は考える時間が欲しかった。

    一分一秒でもいい。あいつのことを。考える余裕が。もしこの世界に完ぺきな録音機があるとしたら、それはおそらく脳の上位互換だ。それも想像をはるかに凌駕する。碌に寝てもいないからか、今までの疲労がどさっと覆いかぶさってきた。

    上西、そして明石、実際彼らにはカステリアとは隔離させておきたいなんて思いもした。カステリアに直接会った俺ですら、いまだに理解ができない。カステリアの言っていた未来予知とは何か…。そしてあいつは何なのか…。掘れば掘るほど先が埋まる地盤を掘っている感覚だ。

    だが、時間は止まらない。過去を思い出そうとそれは動かぬ過去。よくゲームや映画をみると、ハマったりするものだが、大体それに浸かっているときは何も思わない。十分に時間がたって、手元にそれがなくなったとき、それは最高のコンテンツとしての虚像の片りんを見せ始める。まるでホログラフィーのように脳内に映し出された感慨は、直接会った時よりも何十倍にも膨れ上がり、再び俺に語り掛ける。

    「どうだ?気になるだろう?」

    はっとした。

    カステリア…。お前は一体…。

    ホログラフィーか。いや、違うかもしれない。あいつは紛れもない実在だった。架空ではない。虚構ではない。神ではない。理の底はある。もしカステリアが、カステリアではなかったら、俺は、そもそもこの世界は何だというのだ?

    生まれた時から、幻影だったのか?

    そんなはずはない。考えること諦めたら、買うテリアは、彼女に対する疑問を持てなくなる。彼女は人間だった。明らかに人間だった。それははっきりしている。もし、彼女が人間なら、自身を何と呼ぶのだろうか。当然人間だろう。 そして彼女は、人間らしさという、もう一つの方向性を兼ね備えていた。人間らしさは、言葉に表すことは難しいが、俺にはわかる。それは、俺と同種であるという確証。そして安心だ。

    「はぁ…」

    大きいため息が出る。

    大体、いきなり現れて、未来予知ができる、眠気はとばす、やたら美咲が丘に詳しい、いきなり俺の目の前で消滅する奴が、現実的だとは思えない。

    これは正解なのだろうか…。もしこの行為が正しいのだとしたら…最終的にどこに収まるんだ?

    先行きの見えない未来に、さらなる不安感が押し寄せた。ここで俺は、ふと思った。それは理論に関する発見でもあると思った。

    もし、俺の考えが正しいとしたら、間違いは等価に存在しうるのか。

    しかし、この世界にはアンチテーゼは少なくともあるべきであり、それが間違っているかどうかは問題にはならない。等価なアンチは、存在することもできる。それは便宜的な意味でだ。

    しかし、この世界に生まれて、俺という人間が存在する…。それは紛れもなく、その便宜的な意味が崩壊することに等しいのではないかと、思った。すなわち、この世界に対し、俺のとる行動には、必ず真理的な正しさか、間違いのどちらかが一つだけ付きまとうことになる。そうでないとおかしい。

    うん。

    くだらないと思ったが、カステリアの存在は、俺の存在によって、正解か間違いかが問われているのかもしれない。つまりは、俺は、自分で自分に賭けを行っているということだ。そしてその賭けは、カステリアという少女によって引き金がひかれた。

    その結論をかみしめた後、俺は改めてこう思った。

    必ずやらなければならないことがある。 それは、この賭けの運命を最後まで見ることだ。それがどういう形なのかはわからない。だが、カステリアは俺にそれを気づかせてくれたのではないか?

    と同時に、再びカステリアと会えることを願うようになった。

    カステリアが幻想だったら、俺も笑っているだろう。俺自身、そういうことを考える年ごろなのかもしれない。幻想に対して、自信が持てない。けど、やっぱり本人に直接聞くしか方法がない。俺の想像で色々と解釈しても、想像で終わる。

    4章 探求心

    ―赤津がカステリアにあった日の明石サイド―

    西宮アカリは、珍しくも本を読んでいた。

    「何それ?落ちる女?」  隣に座っていた修二琴美が、声に出して題名を読み上げた。それに気づいた西宮は、「何?」といった顔を浮かべ、修二の目に焦点を合わせる。

    「この本面白いって聞くよねー、私も買おうかなぁ…」

    唐突に修二は本の話題に乗り気になり始めたが、西宮は見向きもせずに本を読んでいる。

    「アカリちゃん?聞いてる?」

    修二がやや大きい声で西宮を呼ぶ。それに対して、西宮はにっこりとした笑顔を浮かべ、「うん?」と返事した。修二の質問は聞こえていなかったようだ。修二は改めてその本は面白いって…と同じことを言い始める。ここは、明石という人気取りがいるクラス。

    3年A組。

    明石はいつも、赤津という後輩の話ばかりしている。それなのに、不思議と彼の周りには人が集まってくる。西宮は、読んでいた本をぱたんと閉じると、いつもの女子仲間のもとへと、しゃあない、という顔で歩いて行った。

    「アカリ?今はちょっと忙しんだよね」

    海外旅行へともに行ってきた、C組の佐藤と、栗木に声をかけたが、彼らは受験勉強の最中だった。西宮は成績的には可もなく不可もなくといったところだったが、後ろにいる、修二という人物は成績が芳しくない。栗木はそのことを知っている。

    「修二?あんた勉強大丈夫?…アカリと一緒につるんでたんじゃ、いい大学なんて入れないわよ?」

    単調直入な指摘をいただく。アカリたちには憎らしく見えたが、こいつは学年3位の実力を持つ優秀女子高生だ。修二の成績では、大方こいつをバカにすることは出来ない。

    「西宮さぁ、結局明石の奴にはコクっていないの?どうやらその顔を見るとそうっぽいけど…つまんな」

    栗木は、ついでに西宮も煽る。西宮がなぜ栗木と一緒に海外へといったのか、などと問われても、一番納得できる理由は成り行きの一部だったからにすぎない。もともと、栗木とはこんな間柄なのだ。

    「コクハク?私がいつそんな話した?」

    若干機嫌を損ねた西宮。佐藤は、栗木と一緒にいたが、奥手な性格なのか、絡んでは来なかった。

    ちょうどよくそこに明石が通りかかった。 「あ、明石!」西宮が手をかけると明石は止まって振り向き、栗木は「え?」といった感じで口に手をあてて目を開いた。

    「明石、聞きたいことがある」

    西宮は、明石に近寄り質問を始めた。栗木は、急展開に開いた口がふさがらない様子だ。

    「なんだ?」 と、落ち着いた表情で明石が返答する。

    「お前、ここ最近起きてるかい事件に詳しいって聞くんだけど、私はそこまで情報通じゃないから分らんことが多々あってな。そこで、少し教えてほしいことがあるんだが?」

    西宮は、明石に例の矢崎事件の話を切り出し始めた。明石は、少し周りを見渡し、栗木を連れて、女子トイレの裏手へと一同をさそった。

    「お前ら、あまり俺の言うことに肩を入れすぎるなよ?」

    何も知らない栗木、佐藤、修二はえっ?といった表情で目的もなく西宮の後を追った。

    「で?詳しくってのは何に対してだ?」 明石が目を細めて言うと、西宮は刹那的に、「死体、死体のうわさってのは本当なのか?」と聞いた。

    同じ学年ではあっても、西宮たちのように、黒い話題に隠された奴はいた。

    しかし、明石のふるまいは、そんな彼女たちを重力場へと誘うかの如く、引力的に連れ込んだ。

    「死体の噂?死体の詳細ってことか?」

    「まぁそうだな、どこで見つかったのか、誰なのか、とか」

    西宮は腕を組んだ。

    「倉庫で見つかったらしい。名前は真理ユイ。美咲が丘のOBで、二年前にここを卒業。そして、おそらくだが、死体発見時期は今から一週間ほど前くらいか」

    佐藤は、それに対して新たに不安を呈する。

    「あ、あの、死体って、どういうことですか…?」

    初耳の奴には衝撃的な内容だった。

    「あ、佐藤しらないんだっけ?」

    西宮が、振り向いて佐藤を見る。

    「西宮さん?あんた将来の進路が不安になったからって彼氏さんとホラーサスペンスごっこするのは如何ほどなんですかね?」 栗木は相変わらずだ。よくもまあこの、明石とともにいる状況下で馬鹿にできるなと、西宮は感心した。

    「栗木は興味ないのか?」

    明石は、「俺には興味ないのか?」という素振りで、栗木に投げかける。栗木は一時びくっとたじろいだが、瞬時に正気を取り戻し、「ないわけじゃない、から聞いておくよ」

    と返答した。明石はそんな栗木の目に焔のように熱く揺らめくものを見た気がした。だがそれは、彼を真理へといざなう発見ではなかったことに後々気づくことになる。

    明石の話はところどころ飛び飛びになっていて、聞く側としてもめんどくさいものだった。女子陣は、数分間そんな一人話に付き合わされたのだが、肝心の内容に食い込めて行けたのは西宮だけだった。

    「という訳だ。」と、明石が話を自信満々に切り上げるころには、栗木の顔の形相は見るからに苛立ちを隠せなくなっていた。

    「全く相変わらずだな。栗木は」

    栗木が去って行ったあと、明石はぼそっと呟いた。栗木は、あまりの明石の話の面白なさに辟易して、佐藤とともに教室へ戻っていった。

    修二と西宮は明石とともに残っている。

    「明石、お前、一人でそんな事件に立ち向かっているのか?」

    「いや、俺はこの事件の真相究明に協力したいだけだ」

    先日の坂口の顔が、明石の脳裏に浮かぶ。

    「いや、どう考えたって真相なんて…」

    西宮は常識的に考えて…という顔を浮かべるが、明石は自信満々にこう答える。

    「赤津は知ってるだろ?あいつが意外と協力的だったんでな」

    「赤津?2年の?」

    「ああ、あいつも色々大変そうだしな」

    西宮はふーんといった顔で頷いた。

    「修二?栞の電話番号分かる?」

    西宮は、唐突に上西栞の電話番号を修二に聞いた。修二はおどおどした様子でわかると答えた。上西栞は、最近学校に来ていない。

    明石は、これが別件だととらえ、この場を後にした。しかし、西宮が修二の電話で伝えようとしたことは、まさに彼への協力だった。

    一人呆けていた赤津は、ふと、明石に上西家に集まることを伝えるため、電話をとった。

    「明石?」

    「赤津か、どうした?」

    「今日の7時にさ、上西の家来れない?上西…栞?」

    「なんで?」

    「まぁいいから。」

    この時すでに、赤津の一連の体験談を聞いていた明石は、おそらくそれつながりだろうと予測した。

    「わかった。じゃあな」

    午後七時。約束の時間である。上西と赤津は、30分前に合流し、いろいろと話し合っていた。もちろんこの事件についてである。

    「お、明石が来たんじゃない?」

    そういって手を振ると、明らかに明石ではない。

    「女子ぃ?誰だあれ?」

    赤津は西宮が来ることを知らない。そして西宮は、赤津がなぜ、上西家にいるのかもわからない。

    「あ、あなたは…?」

    おそるおそる赤津が聞く。目の前に現れたのは、西宮と修二だった。

    「あんたらこそ誰なの?栞に要でもあるの?」

    すると、菫が線を切るがごとく、「もしかして、今学校で起きてる事件のことですか?」

    と、とっぴな質問をした。

    「な。なんでわかるんだ?」

    西宮は、赤津の顔を知らなかったため、完全に部外者だと思い込んでいた。

    「私はその件で、同期の奴に協力したいと思ったからここに来たんだけど…」

    西宮が答えると、赤津は反応する。

    「その同期の奴って、明石悠馬さんですか?」

    西宮はこっくりとうなづく。

    「じゃあ、僕らも同じです。いま、彼に協力するため、菫の姉である栞さんにも情報提供をしようと…」

    実際、この場で一番異端な奴は赤津だ。

    「こんな偶然なんてあるんだ…」

    上西は、西宮の顔を認識していたため、どうしてこうなったかは知らないが見事だな。という反応をした。

    「あれ?西宮?」

    明石が到着した。

    「明石」

    と、赤津と西宮のコールが重なる。明石は、どういうことだ?という顔をして、赤津の目を見つめる。

    「いや、これは俺も分からん」 そんな具合で、赤津は首を横に振る。

    「まぁいいや、とにかく栞さんに会いましょう」

    赤津は一同に呼びかけた。

    ようやく赤津と明石たちは、上西栞と対面した。

    「上西、栞さんですか?」

    菫は後ろの方にいて、紹介に遅れた。赤津が問う。

    「はい。そうです」

    初対面のぎこちなさは健在だが、赤津はぐいぐいと事を進めた。

    「俺…いや僕には、妹さんが会わせたいといってたので…」

    「事件のことよね?いいよ。私も聞きたいことがあった。少し教えて頂戴?」

    栞はリビングルームの大きなソファにゆったりとくつろいでいた。

    一同が会して、赤津は再び事件の話をする。明石も大体の流れはつかんでいたが、赤津が最初に喋りだしたためか、黙って話を聞いていた。

    赤津が話したのは、事件の死体の詳細と、カステリアの存在だ。明石と上西菫を除くメンバーは、この事実は耳にしていなかったためか。驚愕といった感じで表情をゆがめた。

    「赤津?それは本当なのか?」

    西宮は不安そうな顔をしてみている。

    「本当だ」

    明石がフォローした。

    「こいつの言ってることは俺もさっき聞いたんでな。そしてその流れでここに来たんだ」

    事細かに説明を付け足す。修二は、ただ黙って聞いていた。

    「そんなサイコミステリアスなことが…」

    西宮が青ざめているのをしり目に、栞は、真剣な表情をする。

    「やっぱり、本当なのね…」

    「え?」

    赤津が不意を突かれたように反応する。

    「ほら、真理ユイさんて、現役時代から、悪評だっていわれてて…」

    「悪評?」

    菫が口を挟む。

    「そう、あの人、彼氏がいてね…年上らしいんだけど…なんかこの学校の人間じゃなくて…素性も分からなかったらしいわ」

    「何…?」

    西宮と赤津がまた重なった。それに気づいて、両者が顔を見合わせる。

    「素性も分からない…」

    菫がつぶやく。

    「そしてその彼氏は、真理ユイとともに、どこかへ消えた…。そして先週、彼女が死体で倉庫にいるのを発見され…」

    栞はうつむきを増す。

    「矢崎善は…やはり無関係なのか?」

    赤津が聞くと、栞はわからないと答えた。

    「でも、矢崎善が無関係だとは思わないわ…。だって…彼の友人に、西野明美という人物がいてね。」

    また口を開き語りだす。

    「西野明美?」

    「そう、彼女、私と同じ3年で、今は不登校…」

    3年に不登校がやたらと多いのは、毎年のことだった。

    「それが…どうかしたのか?」

    明石は、腕を組んで聞いた。

    「西野明美の姉は、真理ユイの友人と聞くわ…それも大親友だったって」

    赤津は思わず目を見開く。

    「それって…西野が相当キーマンなんじゃ…?」 栞は頷く。おそらくこれは真実に近い回答だ。

    「じゃあ、それをなんで今まで…やらなかったんだ?」

    一週間の期間は以外にも短い。それにそれ以前から学校に行っていない栞は、西野家に単独で突撃する勇気など持ち合わせているわけがない。

    「それは…そういう成り行きよ…」

    悔しそうな顔を浮かべながら、明石の顔を見つめる。

    修二と西宮は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

    「栞…お前…そんなことで…」

    西宮的には、栞がなぜ不登校になったのかを聞きたい所存だった。 「そんなことで、いまだに来ないってのか?」

    「…それもあるわ」

    力なく、栞は呟く。

    「…たく…」

    「だって、どうしようもないじゃない!人が一人死んだのよ?」

    栞が不登校となったのは、事件三日前あたりからだ。すなわち、それ以降は、原因がこの事件に充てられた。という言い分である。

    「もっと、ほかにないのか?こんな事件のおかげで病んでるっていうのか?」

    西宮も声を荒げる。

    「あたしはそこまで病んでないし平気だった…ただ学校が嫌になったの…けど、この事件は別だった」

    菫は驚いていた。姉から、つっかえている感触は感じていたものの、ここまでとは思わなかったのだ。

    「西野明美なら…関係ないだろ…」

    明石が一言。西野明美の姉が関係あるのであり、明美本人は、真理ユイには無関係な人物と思われた。すると、栞は、すっと、自分のスマートフォンを手に取って、ウェブページを一同に見せた。「それ、西野明美のSNSなんだけど…よく見て?彼女、不登校のくせに、男友達と遊んでるのよ」

    そういう栞の画像を覗き込んだ赤津は、驚愕した。

    「おい、これって…まさか」

    そこにうつっていたのは内田郷太だった。

    「内田…?」

    「知っているのね。」

    栞がつぶやく。

    「あぁ、こいつとは、あったことがある…それも昨日。」

    西宮と明石は、ついつい「え?」といってしまった。無理もない。

    「そういうことなのか…?」

    自問自答するように、赤津は呟く。

    「赤津君…て言うんだっけ?」

    栞はゆっくりと口を開く。

    「そうですけど…」

    「私を、内田郷太に会わせてほしいんだけど…」

    「え?」

    謎だった。普通この流れだと、西野明美の姉に突撃するのが正攻法だろうと思うからだ。

    「西野明美の姉じゃなくていいんですか?」

    「どちらも行きたいわ。」

    成程、と、赤津は納得した表情を見せた。

    「つまり、内田家の場所が分からないってことですか?」

    「それもあるわ。西野家も同様よ」

    いままで喋ったこともないやつの家を訪問するのはまずない。

    西宮は、流れに任せるといって、明石も同様だった。恐らく、今この流れを作れるのは、栞ただ一人。そして赤津はそれを遂行させる知識があった。

    「じゃあ、内田家に行きましょう」

    意見は一致した。修二だけ何故この場にいるのか謎ではあったが、重要な戦力になると踏んだ。

    この場には、内田家訪問に関して異議を唱える者はいなかった。決まったとなると、すぐさま皆その気になり始め、支度した。

    赤津みのりは信二の母親だが、信二とは別居している。美咲が丘の学生寮に宿泊している信二は母親の心配などどこ吹く風である。

    内田の家には時間をかけずに到着できた。

    「30分か。まぁまぁ遠いじゃん」

    明石がつぶやく。赤津と西宮は、いつも以上に心配そうな顔をして、明石の後ろをてくてく歩いていた。

    栞は先ほどから黙ってしまった。あの口論のせいだろうか。赤津はやや心配そうな目を後ろへと送る。

    「で、赤津、どうやって内田と接触するんだ?」

    目的は決まっている。まず栞と内田を会わせる。そのあと赤津が内田にカステリアとの関係を探る。もはやそれだけだ。

    「西野明美でいいんだよな?」

    「ええ」

    赤津が聞く。初動は赤津と明石が乗り込み、栞と菫はその後ろに、そして西宮と修二はsの背後に待ち構えることにした。

    昨日もここに来たが、まるで一年前に出来事のような懐かしさがあった。

    「内田?いるか?」

    ノックする。すると内田郷太が中から出てきた。

    「なんだ?」

    やつれた顔をしている。いまだに昨日のことが頭から抜けないのだろうが無理もない。

    「少し話があるんだ。本当に少しなんだ。時間をくれないか?」

    内田はすっとぼけた顔をしていたが、少しすると状況を飲み込み始めた。

    「話?なんのだ…?というかお前昨日の…」

    「そうだ、昨日はすまなかったな。何の確証もなしにここへ来た。けど今は違う。」

    すると、赤津の背後に、栞がいることを確認した内田は、黙って扉を大きく開けて、6人全員を中に入れた。

    「ありがとう、内田君」

    「あんたが上西栞なんだな?」

    なぜかその名前を知っていた。

    「はい」

    申し訳なさそうに返事をする栞。

    「西野、明美さんは…一体どういうつもりであなたと…?」

    「西野明美がどうしたんだ?」

    「いや…その、西野明美さん…あなたとずいぶん遊んでるじゃないですか」

    「あんた、まさかそんなことで俺のことをネットで追尾してたのか?」

    内田が、やつれた声で聴き返す。赤津や明石はこれに口出しせずに黙って聞いていた。

    「お姉ちゃん…」

    上西菫は心配そうに呟く。

    「あんたらは結局のところ何しに来たんだ?毎日毎日、」

    内田はふと不満のように正論をぶちまける。

    「確認のために来てる。いま学校中でお前の名前が飛び交ってるんだ」

    明石はまっぴらな嘘をつく。飛び交っているのは矢崎だ。

    「矢崎じゃないのか?」

    カステリアの発言を聞いていたようだ。もはや内田に対する確信できる情報はあまりなさそうだ。

    「矢崎は別問題だ。今はあんたに聞きたいことがあってきている。栞さんはずっとこの件で悩んでるらしいんでな。」

    赤津が説得する。すると明石が問う。

    「内田、こっちも結構犯人捜しで悩んでるんだよ…知ってることがあるなら教えてほしい。真理ユイを殺した奴は誰なのかをな」

    すると、内田は真理ユイ?とかいうすました顔で、衝撃の返答をかました。

    「まだ犯人探しなんかやってるのか」

    赤津のほうを見る。

    赤津は何でこっちを見たかはわからなかったが、すぐにその理由はわかった。

    「あの金髪ロングが言ってなかったのか?犯人は宮下明だって。」

    「え?」

    一同驚く。

    「宮下明って誰だ?」

    西宮が問う。

    「おいおい、これだけ俺の家に来てるんだから、少しは情報もばれてんのかと思ったけど、まぁいいや、わからないなら」

    すると、明石は内田に詰問のように迫った。

    「分からないなら教えてほしい。さっきそういわなかったか?」

    鬼の形相で見つめた。

    栞の不安そうな顔が一層に怪訝になる。

    「明石君…」

    赤津と菫はただただその場を眺めていることしか出来なかった。

    「…やだね。俺は言わない。もうばれちまった。間違って口走っちまったからな」

    唐突にしゃべりだす内田。ますます興奮してきているようだ。そこで赤津が礼のごとき質問を投げかける。

    「内田、昨日のことは覚えてるか?覚えてるなら、あの金髪とお前がどういう関係だったのか教えてほしい。」

    カステリアのことは、赤津自身しか納得した存在としては認めていない。それもそうだ。カステリアは、赤津以外の6人にとっては意味の分からない超常生物にしか映っていない。

    「昨日の?あの子か?」

    内田は、明石のほうを気にしながら赤津の質問に受け答えする。

    「そうだ。」

    「知らないな。俺とあいつの関係なんて。あいつは昨日が初対面だった。」

    「…わかった」

    赤津はすっと身を引いた。手ごたえがなかった。まるでだ。何か隠しているようにも見えない。

    「ほんとに関係ないのか?」

    「ないね。それがどうかしたのか?」

    「いや、あいつは、なぜだかこの事件のことをやたら知っていてな…」

    「そうかよ。だろうなぁ、だって俺のことを見るや否や襲ってきて…」

    「あいつ曰く、内田、お前は俺に危害を加えようとしていたらしいが、本当なのか?」

    赤津が念入りに聞く。

    「はい?そもそもあんたと会ったのも昨日が初対面。なんで危害を加えられる?」

    確かに、こいつはそんなサイコパス野郎には見えない。恐らく未来予知の不確定さでもあったのだろうが…。あまり考えないことにした。まあカステリアのことはここまでにしておこうと、踏んだ。

    「わかった。もういいや。じゃあ宮下のことについて少し聞かせてほしい。」

    すると、再び内田は首を横に振った。どうしても無理なようだ。

    「内田…今はこっちが優勢なんだ。俺たちは誰にも言わないって誓うから…」

    明石が忍び寄る。内田はやはり明石に嫌悪感を覚えている。

    「明石…」

    そう言うのは赤津。

    「こっちへ来るんじゃない。お前に教えることなど何もない。」

    内田は、ここまでで幕引きにするべきと判断した。

    「分かった。明石。もうやめよう。」

    栞の言いたいことはもう済んだのだろうかと栞に確認してみる。

    「はい…もういいです…とにかく私は、西野明美さんが心配で…。」

    そういえば、栞は西野家にも行きたがっていた。菫は栞を抱えるようにして内田家から退いた。赤津も同様に退こうと、明石に説得したが、そこには別の緊張が走っていた。

    「こっちに来るな!」

    大声で怒鳴った内田。明石は、引き際とは知らずに、内田にさらに迫った。

    「宮下明の情報に、お前が矢崎善とどんな関係なのか!そして真理ユイは…!」

    いまだに事実を受け入れられていない様子だった。修二と西宮が、明石を止めに入った。

    「や、やめとけ明石!上西はもう要件は済んだんだ!」

    その時だった。内田は、背後にあった花瓶を、思いっきり明石のほうへと投げた。

    「早く消え失せろよ!」

    アパート中に怒号が響いた。これで二日目だ。

    パリィン

    と、鈍い音が響く。赤津は信じられないものを見た。上西姉妹も、足を止めてこちらを振り返る。

    花瓶は、明石ではなく、修二に当たり、明石はその破片で目玉を損傷した。

    「明石!修二!」

    西宮が二人の名を叫ぶ。とたん、西宮の背中に修二のどす黒い血がぼたぼたと垂れてくる。

    「さ、刺さってる…」  赤津はただ、呆然とした。

    「赤津!救急車を呼んで!」

    西宮が叫んだ。

    上西姉妹も戻ってきた。2人の顔は青くなって、明石のもとへと駆け付けた。赤津は、救急車を呼ぼうと携帯に手をかける。しかしそのとき、内田は赤津の携帯を手で払った。

    「は!?…お前、どういう」

    「赤津!内田を抑えとけ!私がやっておく!」

    西宮がカバーした。赤津はそのまま内田の手を握り、テレビ台のほうへと、内田を放り投げた。

    「頼むから大人しくしてろ!」

    思い切り前に倒す。

    内田は何事という顔で赤津を見ている。

    「なんで、花瓶なんか投げる⁉」

    赤津は抑えに入ったまま内田に質問する。

    「うるせぇよ…ついかっとなったんだ…どこかの殺人鬼みてぇにな」

    「殺人鬼って、殺人を鬼扱いする奴がなんて行動してやがる!」

    そのままがっしりと内田を抑える赤津。しかし、赤津本人もこれは長くはもたないと確信していた。かといってこの状況下、明石しか頼りにはならなそうだが、彼は目玉を抑えていてどうにもできない。西宮は別のことをしている。

    「内田、無理は言わないから…大人しくしてくれ…お前の意見は尊重する…!」

    この場を収めようと必死になって説得した。

    しかし、内田の力は想像以上に強かった。

    「うわ!」

    赤津は押し倒された。フリーになった内田は、明石のもとへと近寄る。そこには栞と菫がいた。

    「危ない!」

    赤津が叫んだ。

    そのとたん、とっさに栞が内田のことを認識し、思い切り蹴り飛ばした。

    内田が姿勢が崩れ、赤津がそこへとなだれ込んだ。

    「ありがとう!」

    栞の顔を見ていった。そのまま再びロックをして、動けないようにする。

    「くそ…」

    「なんで暴れるんだ…この前の仕返しってか?」

    赤津が問うと、内田は目をそらす。どうやらそのようだ。

    「カステリアのことは同情する。これは本気だ。でもこれは別。頼むから大人しくしてくれ!」

    「お前らはなんでそこまで知ろうとする!大体、この俺には昨日の時点で何もなかったと気づくべきだ!」

    必死に抵抗する内田。事件の被害者がこれ以上拡大するのは避けたい。

    「分かった。もう帰る。だから大人しくしろ!」

    赤津の頭はパニックに陥った。

    後ろを見ると、明石と修二が負傷している。

    「くそ…!なんでこんなことに…!」

    細心の注意は払っていたが、やはり起こるべくことは起きた。

    安易に栞の意見をうのみにした自分を後悔していた。

    「くそ…もう少し考えていれば…」

    途端に、内田が口を開いた。

    「はぁ、はぁ、救急車は、こさせねぇ…」

    「何言ってやがる…!」 よく考えれば赤津は高校生である。そしてこの場に言わせた奴すべてそうである。

    「く、じゃぁ一つだけヒントを与えてやるよ…。これは俺が知ってる一番の特ダネなんだがな…!」

    内田はおもむろに口を開いた。

    「なんだと?」

    赤津は動揺する。

    「真理ユイの恋人は…宮下だ…。それだけしか知らん。俺はな…」

    何かをあきらめたかの如く呟く。

    「とにかく落ち着け!」

    赤津はもう一度内田のことを強く抑えた。

    「もう落ち着いてるだろ!」

    「はぁ、はぁ、後ろが見えないのか!あいつらはお前が負傷させたんだ…!これはもう事件だぞ…!」

    赤津が叫ぶ。

    すると、背後から西宮が近づいてきた。

    「西宮さん。修二は大丈夫か?」

    赤津が修二を探すが、視界に入らない。

    「多分大丈夫だが…肩にでけぇのが…。さっきは危なかった」

    「過ぎたことはいいよ…とにかくこいつの見張りを…」

    赤津が必死に内田を抑える。

    西宮は、そんな内田を見下ろしてにらんだ。 「内田…」

    内田は、ようやく落ち着きを取り戻した。興奮状態はやっと解けた。

    そして、それと同時刻に遠方から救急車の音がこだます。

    「こいつは大事件だな…」

    赤津は、とんでもないことをしでかしてしまったと自責の念に駆られた。

    翌日。一行はあれから救急と同伴して戻った。なんともいきなりの出来事ではあったが、明石は右目を失明。そして修二も全治2週間の大けがを負った。

    「こんなことになるなんて…」

    菫は目に涙を浮かべていた。事件とかかわりあうことがこうも危険だとはわからなかった。そしてそれは、赤津にも同様に言えた。

    「ごめん。俺が適当な判断を下したから…」

    「ううん。赤津君のせいじゃない…これは。」

    「お前のせいでもないよ」

    ここは2年の廊下だったが、西宮がその場に現れた。

    「…なんというか…なんでなんだろうな…なんでこんなことに」

    「西宮さん…。そんなこと言っても…」

    何とかしたいと思う心が、結果的に何も解決せずに二次被害が生まれる。これだけは避けるべきである。

    「一応、名前は聞き出せたんだろ?犯人の」

    「はい、宮下明です」

    赤津がつぶやく。

    「なら、栞や私らはもうレールからは降りれないな…」

    確かにその通りかもしれなかった。ここでやめたら、明石や修二に会わせる顔がない。特に修二にはなんていえばいいのかわからなかった。

    「今夜西野家に行きましょう」

    赤津は西宮に提案した。

    「俺と西宮さん、そして栞さんで」

    菫は、はっとした。

    「それは名案だな。栞の妹は来ない方がいいかもな。」

    西宮が付け加える。いつのまにか見ず知らずの西宮が、赤津のコミュニティーに完全に淘汰していたが、赤津はこのことに何の疑問ももちあわせなかった。

    「分かりました」

    菫は受け入れた。これは遊びではない。下手したら死ぬかもしれないと覚悟すべきだった。なんせ首を突っ込んでいるのは、殺人に絡むような集団だからだ。

    「内田の奴は、最後にヒントとか言ってました。」

    「ヒント?」

    西宮が聞く。

    「はい、で、ヒントってのは真理と宮下が交際してたって言う話なんですけど…問題はそこじゃないと思って…」

    「なんでヒントになるのかって話か?」

    西宮は続ける。

    「はい。そうです。あの発言はまるで内田が何かつながりのある人間が多くいて、矢崎や西野もそこに含まれてて、ついでに宮下とも関係があって…」

    「それは一理あるな。けど、まだ証拠にかける。ダッテ考えてみろ、内田が矢崎とつながりがあるとしても、それは宮下とは別のつながりかもしれない。」

    「はい、そうなんですよね」

    菫はぼーっと横で聞いていた。

    「あまり詮索はしない方がいいですかね…」

    「うーん、それは思うけど、やはりこうなった以上、蹴りはつけるべきだ」

    確かにその通りだ。

    「とにかく、今夜もまた行動する。事は早いうちにするべきだ。西野家の場所は聞き出しておくよ」

    西宮はそう言って、3階へと上がっていった。

    西宮と互い違いに下りてきたのは、栗木だった。

    「あんれー、この子が赤津信二?」

    「…はい?」

    赤津は素っ頓狂な返事をした。

    「あはは、はい?だって。あなたアカリとさっき何喋ってたの?」

    赤津はサーっと一通り話したが、栗木はなんだあのことか、位の顔で聞き流した。全く持って部外者だった。

    「てかそんなことよりさー、明石がケガしたって本当なのー?」

    「はい…右目を」

    「うわー。アカリドンマイだねこれは。そう思うでしょ?」

    後ろにいた佐藤に同意を求めた。佐藤は全くその通りと返事した。

    「てゆうかさ、私この学校でかなり頭いいんだけどさ、なんでだと思う?」

    いきなり突飛な質問をしてくる栗木。なぜか嬉しそうだ。

    「なんでなんでしょうね…俺は馬鹿ですけど」

    「答えは君も知ってるはずだよ?」

    じーっと赤津を見つめる栗木。佐藤はめんどくさそうな顔をしてたそがれている。

    「俺が知ってる?どういうこと?」

    「これよこれ、見たことないの?」

    取り出してきたのはスマートフォン。その中にはこの学校の教職員のもつテストデータ一覧が羅列してあった。

    「は!?」

    赤津はおもわず噴き出す。

    「ねーちょっと静かにしてよね」

    栗木は黙ってほしそうにねだる。こいつは相当なあほだな、そう赤津は思った。

    「そんなの初めて見ましたよ…なんで…そんなもの…」

    「どこから手に入れたか知りたい?」

    「…どこから?」

    「…じゃあ放課後会いましょう。ここでね」

    いきなりの約束かぶりだった。

    「いや、ちょっと俺としても約束事があるんだけど…」

    「えー、そうなの?がっくし。せっかくアカリを騙そうと思ったのに…」

    つくづくこいつはあほだと思った。そもそもさっき俺と西宮が喋ってるのを見ていたなら、だますもくそもないはずだ。

    「まぁいいや、じゃあね」

    栗木は残念そうに佐藤とともに帰った。

    突如という言葉は誰が作ったのか知らないが、その言葉のありがたみに気付かされる奴がいる。

    俺は、西宮さんと7時に再会し、栞の家へと向かい、そこから合流して西野明美の家に向かう予定だった。

    その時刻まで暇を持て余したというわけで、3時間ほど寮へと戻り大人しくしようとした。

    「疲れるな…」

    明石は居なかった。彼は今頃病院だろう。

    なんであんなことになったんだ。命があっただけまだましか…。内田と明石がいがむきっかけとなった理由が分からなかった。確かに内田は明石に嫌悪感をあらわにしていた。そのことが癇に障ったというのか。

    どうすればよかったのか悩んだ。しかし悩んでも致し方ない。過ぎたことである。そもそも内田家に行こうといったのは栞であったが、それを許可した流れになったのは誰のせいでもない。かといって栞を責めるのもお門違いである。これは全員の責任だ。当然それは、行くと決めたであろう明石や修二も含まれている。だが、やはり俺はこのことが分からなかった。これは…。

    それにまだ終わっていない。まだ火種はくすぶっている。いつでも引けたはずだが、ひかなかった。そして引けなくなった。ここで真相解明をあきらめたら、明石たちの顔が立たない。

    なにが、サスペンスごっこ…何が旅行だ…。こうやって、現実と相対すると足元がすくむ。そんなようじゃ…。

    こんこん

    ノックする音がした。

    誰だ?と思い、ドアを開ける。するとそこには例の金髪少女が立っていた。

    「カス…テリア…?」

    見覚えのある顔に見覚えのある服装だ。

    5章 私情にて

    とてつもなく何か言いたげな顔で俺を見る。

    「ま、まぁとにかく入れ。誰かにばれたら面倒になる…」

    落ち着いて中に引き入れた。どういうわけか、この前とは大違いだ。全く焦らない。

    「…何しに来たんだ?」

    今は、考えるべきことが多すぎてこいつのことは割かしどうでもよくなっていた。

    「…私は内田を救ってしまった…」

    なぜかやたらと反省している。いまだにそんなこと言っているのかとあきれた。

    「おいおい、あれはあれだろ…どう見てもおかしい…」

    思い出しながらカステリアに問いかけてゆく。カステリアに聞きたい事リストは何個かあったが、この前のことを考えると黙ってしまった。

    「…カステリア…確かに救ってくれるのはありがたいが…」

    何も言うことがなかった。というか、意味不明な状況下で意味不明な奴が現れた今、俺の脳内は最高潮にパニックだった。

    「すまん…今は…すこしそっとしておいてくれないか…」

    何故か願うように懇願した。すると、カステリアがつぶやいた。

    「私だって好きで救いに来たんじゃない。それに今は、それとは違う理由でここにいる…」

    「え?」

    俺にはやはり、カステリアは意味不明な存在だった。

    「あの時はすまなかった…。私はあれから少し考えた…。あの行動がどういうことだったのかを…。」

    「救うことがか…?」

    「あぁ、内田は確かに何もしていない。けど私はノルマだといった。殺さねばならない存在だと…けど、それはこちらの努力不足でもある…。」

    いまいちピンとこない。

    「何が努力不足なんだ?」

    「殺さないように…しなかったことに対してだ。まぁ細かいことは私自身も分かっていないが…」

    「それで、俺には感謝でもしに来たのか?」

    「それもある。お前には教えられたことがあったって気づいたんだ。」

    「へぇ、それはありがたいね。もしかして、内田の件が終ったから俺の救出活動も終わりなのか?」

    カステリアの素振りから予測をした。

    「…。どうだろうな。兎に角、今私がここにいる理由は、お前を少し連れていきたい」

    「は?」

    どこに?と続けられなかった。

    「今からか?」

    「そうだ」

    「どこに?」

    「…私のノルマに付き合え」

    意味不明だった。

    「ノルマ?なんで?というか、ノルマって何なんだ?お前の自主トレーニングか?それとも…」

    「ぐちぐち言ってないで早くいくぞ」

    すると、俺の袖を思いっきり引っ張り立たされる。

    「ちょっとまった!こっちにも今重大な用事があってな…!」

    「なんだ…」

    早くしてくれという顔だ。

    「この前お前が絡んでた事件のことだよ…真相追及してる真っ最中なんだけど…」

    するとカステリアはため息をつく。

    「いまだにそんなことやってるのか…めんどくさいとは思わないのか?」

    確かにめんどくさいはめんどくさい。

    「けど、これはもう引けない…明石が…」

    そういえば、いまここでこいつに事件の真実をきけるかもしれないと、突如思い出した。

    「…そうだ…お前なら分かってるんじゃないのか。この事件の…!」

    俺はとっさにカステリアの両腕をつかんで聞いてみる。

    「私が知ってるだと?なにをだ?」

    「真理ユイを殺した犯人…だよ」

    「真理ユイ…?わからんな」

    「この前お前が倉庫で死体確認したのは何だったんだ?」

    あのことをふと思い出す。

    「…。あれが真理ユイっていうのか。私は殺人事件とは聞いていたが」

    「情報を持ってたんだろ?じゃあ真実ももしかしたら…」

    「あの時は内田がターゲットだったからな。私はそれしかわからない。」

    「…じ、じゃあ、もしお前が、単独でこんなことをしていないんだとしたら、そいつらはわかってるのか?」

    自分でも何を言ってるのかわからなかったが、今は関係なかった。

    「さぁな。お前は少し私を知りすぎている。だから今ここにいるのかもな」

    カステリアは意味深なことをつぶやく。

    「何…?」

    「とにかく行くぞ…」

    カステリアは俺の手を強く握りしめた。

    そのとたん、意識が一瞬抜けるような感覚に襲われる。

    「やめろぉ!」

    叫んだ時には、意識は戻っていた。

    「ついたか」

    カステリアもそこにいる。

    「え…?着いた?」

    いつの間にか過ぎる出来事で納得できなかった。

    「どこに、着いたんだ?」

    「最初、私はお前のことをただ救う存在として、私の上官から指令を受けていた」

    突然語りだす。

    「は?」

    「でも、内田の一件で私は失敗をした。」

    「…ちょ」

    「だから、これからは、上官の指令はもちろんだが、お前に少し協力してもらいたいとも思っている…。」

    「あの…ここはどこなんでしょう…」

    俺は必死に回答を求めたが、その時にカステリアが言い放った言葉はしっかりと聞いていた。

    「あの時私は気づかされたんだ。自分のやってきたこれまでの行動に…何が正しいのか」

    「ただ指令を受けて、ノルマをこなすことは、本当に正しいのかってな…けど、お前の顔を見たとき、それは間違いに近いものだと思った」

    俺は何も言えなかった。

    「内田を殺すことは、確かに正義だった。けど、少し考えたら、別の正義が見えてきた。それは全く違うものとしてな…」

    「…殺すことが…間違いってことにか…?」

    「…多分な…けど私はわからない…どちらが正しいのか…けど…」

    「俺はただ内田の状況を見て判断しただけだ…あの時のな…。けど今は違うかもな。今俺があの場に居たら、おそらくお前は内田を殺してた」

    「どういうことだ?」

    「だから、お前のいう別の正義だよ…まるで同居してたのに見えなかったみたいな…」

    「…まぁいい。とにかく、私は、自身の目的もかんがみて、お前に知ってほしいことがいくつかある…それを伝える方法がこれしかないんだ」

    「お前のノルマに付き合うことか?」

    こうなってしまっては俺からはどうにもできないのだろう。そのことは先日の消える様子を見ればわかった。

    「…くっそ…西宮さんになんて言えば…」

    頭を抱えそうになる意味不明さだ。

    「…で、ここはどこなんだ…?」

    改めて聞いた。するとカステリアは返答する。

    「ここが何処かは私も分からないが、一つだけやるべきことがある。それはファデーエフという男を救い出すことだ…。それもこのあたりで一番巨大な祭りの最中にだ。」

    「はぁ…お前っていつもこんな行き当たりばったりなことしてたのか…?」

    「情報はゼロじゃない。少しはある。これを手掛かりになんとか遂行する。」

    余りにも意味不明だ。そもそもノルマというやつの条件がシビアすぎる。

    「しょうがないな…こうなったら協力せざるを得ないってわけか。で?最初はどこに行くんだ?」

    そう言ってカステリアが俺の家のドアを開ける。すると、そこには見覚えのない廊下があった。

    「ここから外は別系だ。」

    「別系?」

    聞き返したがカステリアは黙っていた。

    「外に出ると、まったく美咲が丘ではない、森の中にたたずむログマンションだった。

    「なんだ…ここ…」

    まるでおとぎ話の世界だ。自分の部屋からでたら、まるで違う世界。一体全体カステリアが何をしたのか、本気で気になった。

    「なぁ何したんだよ…?まさか別世界に来たのか?」

    「まぁそういうことだ」

    さらっと解釈するが意味不明だ。ここは現実なのか?

    「まるで幻想郷みたいなんだが…」

    「私もこの仕組みはよくわからない…わかってるのはリーダーだけだ…」

    「リーダー?」

    「私は組織で活動してるんだ。そのリーダーだ」

    やはりかとは思ったが、なぜリーダーしかわからないのか…。

    くわしいことはさっぱりというカステリアだったので、こいつもそこまで考えてはいなかったんだなと、どこか安心した。

    「ここから先に行くと村があるらしい…そこで事情聴取するぞ…」

    カステリアは一瞬俺の目を見た。

    日本じゃなかなか見ない青色の瞳には若干ドキッとする。

    「あ、あぁ」

    「歩くっていうけど…どのくらいなんだ…?」

    「分からない…だがそこまで短時間で着くとも思っていない」

    カステリアのサバサバ具合は相変わらずだった。

    マンションからは、つーっと一本歩道が続いていて、それは見事に村とやらまで開通していた。

    「見えてきた」

    「意外に早いな…さっそく聞いていこう」

    そういって足早に村へと歩んでいく。

    村には人が何人かいた。

    「すいません、少し尋ねたいことがあります」

    何故かまかり通る日本語。これも謎だった。

    「はい?」

    見た目のいい好青年が相手だった。

    「ファデーエフさんはどこに居ますか…?」

    カステリアが淡々と聞いてゆく。段取りでは、この後に祭りのことを聞くはずだ。

    「ファデーエフ…?誰だそれは」

    この世界のことが全く分からない此方としては、苦労するしかない。

    「分からないですか。」

    諦めたようだった。

    「カステリア!」

    俺は話を終えtカステリアに歩み寄った。

    「ひとつ気になったんだけど、お前、俺の時もこんな感じだったのか?」

    「まぁな、でもうまくいった。今回も同じようにすぐ終わる」

    どうやら手元にある情報には、最短でノルマをこなせる合図があるようだ。全く意味不明である。

    「それに載ってるのか?」

    「あらかたな。それにこれもあてにはできない。下手に行動すると失敗する」

    「はぁ…。で、結局これからどうするんだ?」

    「…今の状況からして、もう少しこの村で情報収集だ」

    俺とカステリアは、少し別行動をとることにした。この村は、半径3キロメートル四方の中規模集落らしい。そもそも、この世界がなんなのか。見たところ、文明的には弥生時代クラスだ。もってるものもあまりにも文明的に劣りすぎている。

    「すいません…聞きたいことがあるんですけど」

    なぜだか、服装や食品に関しては、まともなものだった。俺が来ているものよりも数段劣るが、生地としては成り立っている織物に、コメのような食品。江戸時代的なセンスがある建物。

    先ほどのマンションなんかは、現代にもあるログマンションだった。

    「なんですか?」

    そう反応したのは耳の遠そうな老人。

    「ここにファデーエフという男性は居ますか?」

    「ファエデーエフ?知らないね…そんな男」

    全くの別世界で会話が成り立っていることに感動する。

    「す、すいません…」

    どうやら礼儀作法などは通じる様だ。カステリアからは何も聞かされていないために、意味不明な世界でサバイバルしている気分だ。けれども、感覚的に、何とかなりそうな感じではある。

    村の集会所に到達した。人の数も数段に多くなる。

    扉を開けて、入ると、聴衆がいて、その先に音楽を奏でる人間がいた。俺は聴衆の中をかき分けて歩いていると、同じように反対側から背の低いカステリアが現れた。

    「何かあてはあったか?」

    周りがうるさくて聞こえないようだ。カステリアは指で外に出ろとジェスチャーをした。仕方なく外へ出る。

    「…何か見つかったか?」

    「何も」

    カステリアも同様らしい。

    「つーかこの村、いかにも俺たちの世界と似てるんだけど…もしかして。」

    そんなことはないと思った。まさかこの世界と俺の世界が別世界じゃないということは…。

    「少なくとも別世界だ」

    「…そうか」

    だんだんとカステリアに慣れてきた。

    「これからどうするんだ?この村にファデーエフはいるのかよ?」

    「分からないな。見たところ聞いたことがある人間が居なさすぎる。」

    カステリアは若干鈍い顔をした。

    すると、そこへ3人の若い男がやってきた。見た目は20歳くらいだった。

    「おいおい、見ないやつがいるぞ」

    そのうちの一人が、カステリアを見て言い放つ。金髪で黒いコートを着た奴と、現代人のようなコミカルな服を着た男がいれば目立つものだとも思ったが、原因はそこではないらしい。

    「なんだ、久々に見るな、女はよ…」

    そんなことを言っているので、村をひとたび見回してみると、確かにそこには人っ子一人女性の姿はなかった。

    「まじか…よ」

    どうやらこの世界は、たしかに別世界だった。

    カステリアはこの衝撃の事実に顔色一つ変えていない。確かに、この意味の分からないやつが、どれほどの意味の分からなさを経験したのかは検討もつかない。

    「カステリア?ど、どうすんだ?」

    ひそかにささやく。どうやら、カステリアの存在が気がかりになっているらしい。かといって、男たちは騒ぎを起こそうともせずにただ見つめている。

    「ここから去るぞ…この村からな」

    カステリアはぼそっと呟いた。

    「去る?」

    確かにこの村は若干異常だった。何も言わずに立ち上がると、男3人のうち一人が再び口を開いた。

    「そこの金髪。ちょっと待て。お前はショウシ軍のものか?」

    軽く警戒しているようだ。カステリアは何かをわかっているように、首を振る。

    彼らの背後には明らかに狂気らしきものが垣間見える。これはさっさと引くべきであった。何事もなく、その場をやり過ごすことには成功した。

    「ったく…なんなんだよあいつらは…」

    もめごとは俺としても避けてほしいものだった。

    「多分だが、この世界はあれが常識だ」

    カステリアがそっと呟く。

    「あれが常識?どういうことだ?」

    「男女は互いに交えない。つまりはそういうことだろう」

    カステリアが手にしている文章には確かにそう書いてあった。

    「えぇ…!?何だそれ…」

    意味不明な世界であった。口癖が「意味不明」な俺は、ますますそのカウンターに花を添えることになるだろう。

    少し歩いて、村のはずれにあるレストランに立ち寄った。ここでも、男女の軋轢は存在するのかと不安になる。そもそも、それは何なのかという話でもあるが。

    「いらっしゃいませ」

    確かに男だった。本当に不思議な世界だ。

    俺とカステリアは奥の席に座る。席からは村の外が見渡せる。果てしなく続く草原が広がっていて、端のほうに、先ほどの森が見える。

    「男女が交えない…それっていわゆる、この村じゃ男しかいないってことなのか?」

    「多分な」

    そんな返答以前に見ればわかる話である。

    「どうやら気にする奴と気にしないやつがいるらしい…この事実にな」

    この事実とは、おそらく男女間の軋轢の話だろう。全くどうでもよさそうにしている奴もいれば、そうでもないような奴もいる。さっきの3人組は後者だ。

    「へぇ、じゃああの3人組みたいな奴のおかげで、こうなっているのかね…」

    俺はあてずっぽうな予測をした。しかし、そうだとわかってもファデーエフの救出と、巨大な祭りにたどり着くのは時間がかかりそうだった。

    「多分な…。私が気になってるのはそこだけじゃない…この祭り…これはどこで開かれるかが分からない…」

    「聞くしかないってことか…。でもここは危ないな…」

    さっきのような過激な奴がどのくらいの割合でいるのかもわからない。だが、このありさまを見る限り、かなり多数派だろうと思った。

    すると、レストランのバーテンが一人此方へやってきて、俺に質問した。

    「どこ出身なんです?あなた方のような2人組は見ませんね…」

    「あ、いや、ただの旅人なんです」

    「旅人?へぇ…」

    「あの、俺からも質問良いですか…?」

    「はい?」

    「ここは男性の方がやたらと多いのですが…」

    一瞬タブーに触れると思いかなり恐怖を感じた。

    「この偏りってのは本当なんでしょうか?」

    しばらく間が開いた。

    「はい。その通りですね…多分この界隈には片方しかいないでしょう」

    片方とは性別のことだろうと瞬時に理解した。そもそもなんで性別で偏っているのかが分からない。偏りをもたらすのは普通もう少しはっきりした普遍的なものだと思っていたからだ。

    カステリアは終始黙っていた。

    「…なんで、なんでしょう…?」

    俺は恐る恐る聞いてみた。

    「なんで?何がですか?」

    「い、いや、何でもないです」

    とっさにごまかす。バーテンはそのまま、にっこりと笑い水を置いて帰った。

    「こっわ…」

    「フン…」

    カステリアは平常な態度を貫いている。

    「おい、カステリアはなんか思わないのか?」

    「何も。」

    どうやらしょうがないことのように思っているらしい。だがここの世界は明らかに内田よりも凶悪だった。

    「とにかく、あまり下手に動くと危ない…」

    わかってるんだが、という顔でこちらを見るカステリア。確かに、不意にしゃべることも危なさそうである。それは、彼女を見る周りの男たちの視線からうかがえるものだった。

    「これってもしかしてだけど…逆もあるのか…?」

    「だろうな。」

    一言返答。

    「…まじか…」

    ただただ肩を落とした。すなわち、この女バージョンがあって、そこじゃ俺が危なくなるという話だ。とはいってもここにいる俺もすでに危ういが。

    全くと言っていいほどに、店内は静まり返っている。頼んだ料理が出てきてもなお、それは同じだった。

    「この後どうするんだ…?」

    俺が問うが、黙っていた。この場ではあまり喋らない方が身のためだった。

    レストランを後にしたら、そのまま村を出た。

    村の外はひたすらに続く一本道だ。

    「おいおい、こんなところあるいていくのかよ」

    そういって俺は愚痴をこぼすが、カステリアは黙々と足を進める。

    「なぁ、疲れないのか?もう疲れてきたんだが」

    「祭りの舞台を探せ。そしてファデーエフを救えば終わりだ」

    当面の目標を語るが、そんなことはどうでもよかった。確かに、今になってあの矢崎事件から解放されたと思うと、しがらみからの解放で心地は良いが、それだけだった。それ以上のものは苦くて食えない。

    そもそも今俺はこんなことをしている場合ではない。かえって西宮になんて言えばいいのかわからなかった。けど、西宮とは今回の件だけだったうえに、あいつもあいつの意志で動いているらしいから、そこまでスケジュールを合わせ切らなくても問題はないとも考えていた。

    「見えたぞ。多分あの壁がそうだ」

    カステリアがつぶやく。

    「あの壁?…あああれか。あれがなんだ?」

    広大な草原の果てに、地平線に沿うように壁が張られていた。

    「あの向こうに行くのか?」

    「ああ」

    だろうな、とは思ったが、明らかにあの壁の反対がわが危険に見えてしょうがなかった。

    「絶対超えちゃいけないやつだろあれ…」

    俺がそう言うと、エグザクトと言わんばかりにうなずいた。

    「あの向こうは、おそらく男はいない」

    だが、あの規模の集落があの中にあるとなると、確かに大きな祭りが開かれそうな予感はした。

    「行くしかないって奴ですか…まぁいいでしょう…ついていきますか」

    正直すでに限界は越えていたので、若干どうでもよくなっていた。

    念のためとは言っては何だが、カステリアの羽織っていたフード付きのコートと、俺の上着を交換して、先に見える世界に備えた。

    「これが、壁か」

    壁の前に到達した。非常に大きな壁だった。高さは15メートルほどある。なぜこんな壁を設営する必要があるのかはわからないが。

    カステリアが近づくと、検問係の女性が出てきた。ずいぶんと重装である。

    俺はとっさにフードをかぶった。

    「中に入ることは出来るか?」

    カステリアが問う。

    「はい、後ろの方は?」

    「…連れなんだが」

    若干中をうかがうようにしている。それほどのものなのかと先行きが不安になった。最悪カステリアだけ中に入るという手もある。

    「…まぁいいでしょう。中へ」

    どうやらオーケーみたいだが、まったくオーケーではない。それはあまりにも不確定要素が多すぎる。

    中への門が開くと、中の様子が見えたが、いたって先ほどの村と変わらなかった。違いといえば、正面の遠方に塔のようなものが見えた。おそらくあれが祭りの会場なのだろうか。

    カステリアは早速祭りの情報収集にとりかかった。今思えば、さっき2手に分かれて再び顔を合わせられたのが奇跡だと実感した。これは勇気がいる。

    「おいおい、カステリア、お前意外と凄いな…」

    意外とは余計だった。

    「ここで何かやらかしたら面倒なことになるだろう…それも相当な…ついてくればいい」

    一人行動は危険なくらいだった。それはさっきの場面から容易に演繹できた。

    カステリアは徐々に塔のほうへと足を進めていった。

    「このあたりで、巨大な祭りをやっていると聞いたんだが…」

    ある女に聞く。踊り子のような衣装をした女は、ついにその祭りとやらに言及した。

    「バルバルの儀式のことか?」

    「バルバルの儀式?」

    カステリアが珍しく動揺した。

    「なんだ知らないのか?デロンド様が主催している有名な儀式じゃないか」

    全く世界用語だ。

    「デロンド様はこの町の君主なのか?」

    カステリアが問う。

    「デロンド様は神だよ。私たちを安寧に導く神…悪魔とは違ってな…」

    悪魔とは、神とは、まったく意味が分からない。

    「そうか、じゃあその神様はどこにいるんだ?」

    容赦なく聞いてくカステリア。

    「わかりませんなそれは…でもあの塔の近くにはいるんじゃない?」

    信仰対象の座標を指名できるのはまれだと思ったが、とにかくあの塔にいろいろあるということが分かった。

    カステリアはさらに歩くスピードを速めた。

    「おい!速い!速い!」

    「…ちっ、体力無すぎだろ!」

    「ご、ごめん…」

    「黙ってついてこい」

    俺の足への言及はなかった。

    塔まではずっと直線が続いていて、碁盤の目のように道が張り巡らされていた。あたりにいる女性たちはみな、俺のほうを覗いてくる。見たこともない長身の人間がいるものだという反応でもしているのだろうか。俺は黙ってカステリアの後をついていった。カステリアはひたすらに足を進める。

    気づけば入口の門があんなに遠くに見えた。

    「オイオイ、けっこう入ったな…」

    とは思ったものの、目的の塔まではあと何キロもある感じだ。今のところ俺の存在がばれることはなく来ている。だが、このまま何事もなく要件を遂行できるとも限らない。むしろ状況は最悪に近づいているのだ。ファデーエフはおろか、男一人すらいなかった。

    「おい!カステリア!カステリア!」

    俺はかすれ声で呼ぶ。前を歩いていたカステリアはそれに気づいて振り返ると、何だ?という様子でこちらを見る。

    「なんか策はないのか?」

    「策?」

    「あの塔まで行った後だよ。そこからどうする?」

    「…とにかく今はついてくるだけでいい。面倒なことになったら対処する」

    どうやらその場任せ主義らしい。仕方なく、前を向いて再び塔を目指した。

    特にトラブルもなく塔についた。どうやら道中の看板を見ていると、この塔の名前はドギータワーというらしい。先ほどの女の話だとこの辺に神様とやらがいるらしい。

    「ファ、ファデーエフはこの辺にいるのか?」

    カステリアに聞いてみる。

    「分からない…けど、少し当たってみよう」

    そういうと、カステリアは今まで来た道に対し足を止めて、横道へと進み始めた。路地をみつけたカステリアは、そこへと俺を案内した。

    「ここなら大丈夫だろう」

    この辺は、高層の建物が多い。したがってか路地の中は誰からも干渉されないほどに隠れる場としては絶好だった。俺は今まではおっていたコートのフードを脱ぐ。

    「はぁ、疲れた。全く冗談じゃないわ…」

    「…すまないな、まさかこんな世界でのノルマになるとは。」

    申し訳なさそうなカステリア。もはやこいつを怒る勇気などなかった。

    「とりあえずどうするんだ?ファデーエフの野郎は居ないんだろう?」

    「まぁな、それにバルバルの儀式も気になる。恐らくここに書かれてある巨大な祭りというのはそのことで間違いないだろう…。」

    いつになく冷静なカステリア。

    「じゃあどうする気なんだ?」

    「…。とりあえずファデーエフは後にする…。バルバルの儀式の詳細を調べておきたいからな…」

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